第148回 『 平成2年のバブル年不況 』 2

  • 2004/07/13(火) 15:50:00

【 戦後の不況の性質 】
・今思うと敗戦の昭和20年から昭和64年まで、昭和における経済不況は小型で、短期に終わった。 昭和46年のニクソンショック、昭和48年のオイルショック以後は、不況の記憶らしきものが薄い…。 当時は深刻に報道され、我々もそのように受止めていたはずだが。

・お気づきだろうか。平成になると不況は大型化し、長期化した。なぜなのか…。苦しい中で振り返ると、昭和の不況が小型で短期あったことに気がつく。これはどういう事なのか。 右肩上がりの経済成長が続く昭和の時代には、不況は厳しさのない景気循環であった。

【 いつの間にか近付き、ひっそり交替 】
・では、平成という時代で、不況は何故深刻化したか。それは、時代が変化したことを物語っている。時代の変化は、時の政府の官房長官がテレビに登場し、国民に向かって時代が変わりましたと巻物をぶら下げるわけではない。 それはいつの間にか近付き、大抵ひっそりと交替する。 変化を事前に予知する人はいるし、その進行に耳をすましている人もいる。 しかし、大抵の人は10年以上もたってから気がつくのだ。 …私も。
・1989年、ベルリンの壁の崩壊と共に東西冷戦が終結した。この結果、中国やロシアで経済の自由化が始まった。 10億を超える安い働き手が、手を挙げて我が市場に参入してきた。
・国内では、戦時経済体制といわれる官主導の経済体制が、日本の高度成長を支えていた、…と。エッ! 日本は立派な資本主義国だと我々は信じてきたが、本質は社会主義国であった。ゲッ! 官僚主義により、制度疲労を起こしていた。時代にあわない鎧兜は捨て、構造改革を進めなさい!

・折りしも起こったバブル不況は、案の定、長期化した。4年の後に回復するが、わずか3年であっさり不況に再突入する…。 それは平成9年に始まり14年一杯続いた。リストラ、失業率の5%超、中高年層の自殺の増加…。
・私は時代の変化、不況の変質に明確に気付くのが10年遅れた。 イ.ビデオ教材。ロ.訓練の改善。 ハ.営業の強化という選択肢を前に判断を誤り、会社は5年の歳月を空費した…。

【 営業部門に七難あり 】
・営業部門に欠陥がある企業は、きまって経営の体質が弱い。営業が弱いと売上が安定せず、経営は簡単に赤字に転落する。 もっとも企業の形態は様々であり、これは製造販売業に限られるが…。当社は営業に欠陥があった。
・創業以来、私は営業部門に立ち入ったことが無かった。それだけにここには問題が山積していた。 大掃除に取り組んだら、難解な長期戦になるだろう。苦労は見えていたが成功の見通しはない。それで先送りにした。悪いことに、ここに社員の半数以上が所属していた。 会社最大の部隊の問題山積は、本当はただ事ではない。私は営業の改革を優先するべきであった。
・ビデオ教材という新商品は魅力があった。ここに有力なライバル会社はなく、私のシナリオは十分に通用するだろう。 新しい顧客を開拓してくれるかもしれない。ここには前向きの夢があった。 ビデオ製作の現場には俳優、女優もいる。埃の中の大掃除に比べ華やかで甘美な香りが漂っていた。 せっかくバブル不況から立ち直ったのに。 平成4年からのビデオ製作の5年間は順序を誤った。

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