第153回 『 平成2年のバブル不況 』 7

  • 2004/08/24(火) 14:50:00

・業績を拡大トレンドにのせよ…。 トップ兼研究員の私に、にわかに与えられた至上命令。不況の中、命令とあらばあらゆる策を駆使せねばなるまい。
・私は営業部門に初めて足を踏み入れ、営業の実態を知る事から始めた。所がそれを知る者はここには誰もいない。とにかく部門長が自部門を説明できないのだ。やむなく必要なデータを部門長に作らせることから始めた。
・データはどんなものをどのように作るのか、どこにもモデルも師もいなかった。やむなく、独自の手作りで工夫を重ねた。これで部門の実態が少しずつ見えてき た。こんなデータは10年前から積みあげておくべきだった。トップとして怠慢だった。私が先頭に立って事を進め、三年四年のうちデータは何十種類も作られ役に立った。

【 社内の無用な対立は半減、マネージメントは一新 】
・例えば悪業績の部門のデータを調べていて、入社5年の二人の成績がパッとしないことに気がつく。入社以来、二人は一貫してパッとしなかった。部門長は強く反対したが、私は二人を解雇にした。ここには部門長の幾重の怠慢がある。学校という後楯があるのに新人を育成できない。また雇傭を続けるという判断が悪い。早く解雇すれば会社には経費を、二人には人生の数年を節約できたのだ。更に部門は楽しみな新人を二人採用できたのに…。 部門を良くするチャンスをことごとくつぶして。トップの目が届かないと、こういう事が発生する。
・営業について分からないことがあると、私は必ずデータを作った。何かを決めねばならない時もこのようにした。これにより私たちはカンや主観でなくデータにより進むべき進路を探り得た。何が正しく何が誤りか、社内の無用な対立は半減、マネージメントは一新した。私はこれをデータ主義と呼び、有力な第一策であった。

【 学校に新人の育成を丸投げしていた 】
・第二策である。当社には学校という隠し玉があり、新人の教育は万全であった。社員はどこの企業よりはやく訓練され、育成されているはずだ。しかし上記の件があって私はここに疑問を持った。毎月送られてくる営業の売上表を部門別ではなく全営業にし、更に入社年別にしてもらった。そこに並んだ数字は訓練により効果が持続するグループと、時間とともに元に戻るグループの存在があった。元に戻るグループには部門長のフォローが必要となる。そのフォローが十分でなかった。
・部門長はどこの会社でも新人の育成を主たる任務としている。だんだん分かってきたが、当社の部門長は新人の育成を学校に丸投げにしていたらしい。私は彼らが部下指導にあまりに弱腰なので、気がついた。部下に注意ができない。…それは実に学校創業以来の事であった。私は溜息をついて新人育成のシステムづくりを始めた。
・売上を結果ではなく経過で管理する。それは平成13年に本格化し、今も続けているが、そのやり方の詳細は前号で詳述した。なおはっきりした効果を得るにはもう少し時間がかかりそうだ。

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