第159回 『 人が学習する時 』 2

  • 2004/10/19(火) 15:00:00

・太陽が地球の周りを回っていると考えている小学生が40%いる、前回このニュースを取り上げたが、実はもう一つの数字が姉の影に隠れるようにして並んでいた。太陽の沈む方向を間違えて認識している小学生が27%いる…。数字が小さいので、まあいいかと思っていたが、よく考えてみたら大事な見落としをしていることに気がついた。
・前者の天動説は見た目の感覚から言えば間違いとは一概に言えないし、地動説そのものが小学生には少し高度な天文知識と言えよう。これに対し太陽が西に沈むとは、ごく身近な初歩的知識ではないか。数字は27%でも太陽が西に沈むことを知らない小学生の存在は、40%のあの例よりはるかに重要だ。我々が今失いつつある貴重な何かを象徴しているように思われる。

【 夕陽は教育の主柱 】
・親が子に本格的に教育を始めるのはいつの頃からか。それは子供が旺盛な好奇心のまま部屋から外に飛び出す4〜5歳の頃だろう。外に出た子供はあらゆる自然に取り囲まれる。暖かな日の光につつまれ、草花が咲き香り、樹木で小鳥が舞いさえずる声がかしましい。見上げれば空が青く広がり、白い雲が浮かぶ。春はのどかなそよ風に桜が散り、夏は暑い日ざしに入道雲が高く、秋は紅葉に時雨が降り、冬は霜がおり、雪が舞う。朝の眩しい日の出、夕方空が赤く染まる日の入り。夜空を照らす月と無数のきらめく星。
・これら一つ一つに子供は好奇心に目を輝かす。自らが一生を託す空間。…自然が教える内容は広く、深い。生命あるものに美しさやはかなさを発見する感受性。東西南北を見分ける方向感覚。一日、一ヵ月、四季のうつろいを体感できる時間感覚…。いずれも人が生きていく為に不可欠な能力である。これら自然からのメッセージは親が子に語り、子は親に問いかける。特に夕陽が西に沈む事は親の子への教育の主柱であった。これが崩れた。

【 親子のあり方が変わった 】
・平成の今、夕方の親子の風景は一変した。夕陽を前に母と子供がたたずむ姿がほとんど消えた。彼らはどこに行ってしまったのだろうか…。母親は仕事で職場にいる。あるいはスーパーで買い物をしている。子供はお受験で塾にいる。あるいは部屋にこもり一人テレビゲームに熱中している。
・親子の教育のあり方は変わりつつある。その良し悪しについて一概には言えない。時代の潮流と言われればそれまでだ。ビルが建ち、空が狭くなって自然が遠くなったという事情もあるかもしれない。しかしながら太陽が西に沈むことを知らない小学生が27%いることに言い知れぬ不安を感じる。子供は多感である。自然からのメッセージを親が語るか語らないか。この差は感受性、直感力、創造力という点で、子供の成長に少なくない影響をもたらすのではないか…。
・実は二つの数字の陰にもう一つの小さな数字があった。月の形が毎日変わるのは、いろいろな形の月があるからと答えた小学生が2%いたとの報道があった。大人には考えもつかない奇抜な発想だ。(この項、続く)

この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL

この記事に対するコメント

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する
 にほんブログ村 経営ブログへ