第185回 『 生涯の財 』 4

  • 2005/10/25(火) 15:00:00

・社会で必要としているのに、なぜか学校で教えられない教科がある。このため人々がひどく不自由している教科として、 「話す」 「聞く」 「読む」 能力があった。では、話す、聞く、読むに次ぐ学校で教えていない教科は何か。それは数える能力、すなわち小、中、高校の算数や数学であると私は思う。こう言うと皆さんは、数学は学校で熱心に教えられているではないかと思うであろう。はたしてそうであろうか。では、数える能力は、ビジネスではどのように役立ち、または役に立たないでいるか…。

【 数学はハイレベルだが 】
・数える学習は、小学校入学と同時に始まる。そして3、4年生の頃までには基本的な教育が一通り与えられる。5、6年の高学年になると分数の割り算や文章問題など、内容がぐっと難しくなる。実際、3割程度の児童が大なり小なり、わからないという意識を持ちだす。親の3、4割も、もう子供に算数の宿題を教えられない。
・中学校の数学ともなると、一段とレベルが上がる。生徒の半数が授業について行けなくなり、親の7割は子供の質問に対応できない。高校の数学では理科系で求められる数学や、大学受験の数学は極めてハイレベルだ。6割の生徒は歯が立たない。親は完全にギブアップである。

【 実社会と数学 】
・学校教育での高いレベルの数学の授業は、実社会やビジネスで役に立っているか。高校数学は、生産管理部門や開発部門など一部の専門職には役立っている。しかし9割のビジネスマンはきれいに忘れている。しかも仕事で使う必要が全く無い。
・中学校の数学の場合はどうか。社会人は内容の3割程度は覚えていよう。が、方程式も関数も仕事で使う必要はほとんどない。このように、高校、中学の高度な数学が、多くの人は実社会で使う場面がなく、役に立っていない。
・小学校5,6年の算数はどうであろうか。内容ぐらいは、半数の人は覚えているかもしれない。では仕事で使っているかといえば、これがほとんど無い。例えば図形や文章問題のような複雑な問題を解くチャンスは、ビジネスの世界ではまず無いことだ。
・小学校3,4年生の算数とくれば、これは誰でも100%覚えている。また、ビジネスの現場でそのまま使えるものであり、使うチャンスは無限にある。ところが不思議なことに、ほとんどのビジネスマンはこれを仕事で活用しないのである…。 これはどういうことなのか?

【数える能力の重要性】
・そもそも数学とは何なのか。国語や音楽とは、…明らかに異質の教科である。国語は言葉や字を覚えコミュニケーション技術を学び、小説や詩を理解し味わう。音楽はその成立ちを知り音符を覚え、楽譜によって歌を歌ったり演奏できるようにする手ほどきである。つまり国語、音楽はコミュニケーション能力だけでなく多感な生徒の感受性を養い、人生を豊かにし、深まれば芸術に至る導入である。

・算数や数学はどんな能力を養う教科であろうか。それは方程式、関数などの数式を使って未知の数字を導き出す。定数や定理に基づいて仮説の正しさを証明する。物事には絶対的な正否があり、総体的な正否 (選択肢) がある。これらは数を調べ並べ、数え分析して正否を知ることができる。これを可能にするのが数学、算数であり、数学が養成するのは子供たちの科学的精神である。
・ではこの科学的精神はどこで役に立つのか。社会で、ビジネスで役に立つのだ。もちろん果樹園の経営にも。どんな場面で…。
・ビジネスには未知の問題が次々に現れる。分かれ道は常にある。90%の人々は勘と経験によって問題を切り抜けようとする。この為、錯誤と迷走が絶えず繰り返されるのだ。このような時には正否を証明せねばならない。科学的精神により数字を使うなら、それは誰にも可能となる。

・そこでは高度の数学を使わなければならないのか。そんなことはない。小学校の算数で十分である。それも低学年の算数で…。それは具体的にはどんなものか。自分の仕事の問題に対するデータである。それはどのぐらいの分量なのか。一つのテーマに一頁でよい。それを50種類から100種類は必要となる。それらは週または10日単位で新データで更新する必要がある。

・学校は膨大な時間、生徒を苦しめながら、数字を使う習慣、科学的精神の養成をきれいに忘れている。この為会社で人々は、自分でなく会社が用意したデータを月に2、3枚見るのみである。(この項、続く)

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