第186回 『 生涯の財 』 5
- 2005/11/08(火) 15:00:00
・前号までに、話す、聞く、読む、数える能力が社会でいかに役に立つかを述べて来た。しかも学校ではまともに教えられていない…。そういう大事な能力はまだある。それは江戸時代の寺子屋で教えられていた、いわゆる「読み・書き・算盤」 の 「書く」 能力である。
・書く能力は主として、漢字を正しく書く、正しい書き順で書く、きれいに書く、良い文章を書く、以上4つである。
【 学校で教えられる書く能力 】
・学校では書く能力は重要な学習テーマである。小学校では、教師は漢字の書き方、読み方、送り仮名、意味、使い方を熱心に指導し、テストにより入念にチェックする。習字の時間では正しい書き順とともに、きれいに書く練習をする。中学、高校になると、読む能力である読解や古典の学習に代わる。
・漢字、書き順、きれいに、の3つの書く能力について学校は確かに力を入れている。パソコン時代の今日、その効用には少し疑問が残るが…。反面、文章を書く教育が極めておざなりだ。まず作文の時間が少なく、教師は提出された作文に短くコメントを書く程度である。大体良い文章の書き方のガイダンスがない。しかも作文能力は殆んど国語の評価の対象になっていない。
・漢字、書き順、きれいに書く事も大事だ。しかし良い文章を書く能力には遠く及ばない。文章を書ける人は自然に文章を書く機会が増える。そうなれば漢字、書き順、きれいについても関心が高くなる。つまり重点が逆なのだ。
【 ビジネスと書く能力 】
・ビジネスの現場では、様々な文書が飛び交っている。企画書や報告書からメモに至るまで、ビジネスマンは日に何度となく文書のやり取りをしている。電話で何かを伝えようとすると、話し手にも聞き手にもミスが生じやすい。相手が居なければ仕事が残ってしまう。その点、書いてファックスすれば証拠が残り、正確さが増す。また、その情報の受け手は二人や三人はいるはずだ。三人に電話するより、この方がずっと素早い。ただし、その文章が分かりやすく書かれている場合にのみ、正確な伝達手段として成り立つ。
・文章に自信がないビジネスマンは、文書を作成する仕事を避けて口頭で済ませようとする。彼は必然的にミスが多く、情報の発信量が少なくなる。また、重要な仕事はこのような人には任されない。実際、文章を書けない人が驚くほど沢山いる。このような人は組織で頭角を表す事はない。
【 書く事は考える事 】
・人は自分の考えを相手に伝えるには書くか話すかしかない。話して伝えた考えはそのまま忘れられる。書いて伝えた事も同じような運命を辿る。但しテーマが重要であれば、書いた方が形として残るためその後活かされる可能性が高い。例えば数行の走り書きされたメモは、そのままではレベルが低く隙だらけであろう。しかし、表から裏から考察し、加筆を続けるなら有力な新製品の企画書になり、あるいは新割引制度となるだろう。
・どんなに優れた発想も、初めはちっぽけな数行のメモから始まる。書かれたものは自らを客観的に見る事ができる。細部を注意深く点検すれば、ほころびは幾つも見つかる。その一つ一つを補強していけば、内容は膨らみ、どんどん良くなってくる。書くという事は考える事である。考えるという事は、多くの場合書く作業を伴っている。書いて直す、…仕事とはそのようなものだと心得て頂きたい。(この項、続く)
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