第197回 『 目標と失敗の関係 』 データの効能 2

  • 2006/04/18(火) 15:00:00

・目標は何の為に、何が目的で作るのか。会社には年間に売りたい数字、作りたい数字がある。この数字が出来ないと全ての計画が狂う。そこで部門別個人別に数字を割り振り、それぞれに責任を持ってもらう。これが目標である。
・目標とは会社経営、部門経営の要であり、ここに求心力が働けば全員の意欲が高まる。しかし、現実は厳しい。実績は目標を下廻り、目標を達成出来ない場合が多い。初めは目標を達成していない社員に厳しかった部門長はやがて目標を口にしなくなり、社員も数字を直視しなくなる。目標はいつしか神棚に祭られ、埃を被っている…。ここには目標の 「求心力」 と 「意欲」 は跡形もない。
・それでも経営者は目標を作ることは辞めない。新年度には必ず目標が作られている。会社と経営者の面目の為だけに…。 以上を第191回で述べた。

【 自己申告制による目標設定 】
・目標はどのようにして作られているのであろうか。社員個人の目標を例に考えてみよう。一般的な方法は 「自己申告制」 である。部員が自分の目標数字を部門長に申告し、両者で話し合って数字を検討する。または部門長と部員全員が一堂に会して、各自の数字を開示して調整する。部門長は部員の力量、やる気、昨年の実績、顧客の動向、他の部員の数字等を考慮に入れて目標数字を作り上げる。部員が10人いればその合計が部門の目標数字になる。或いは予め部門の目標があり、その中で10人の目標数字を調節する場合もある。
・経営者が目標設定で自己申告制を採用するのは何故か。進め方が民主的で目標に部員の納得が得られ易いこと、更に部員も自分で立てた目標に責任感と意欲を持つとの期待があるからである。その背景としては、経営者や部門長のトップダウンによるノルマの押し付け方式に対し、内外からの批判を浴びてきた経緯がある。

【 申告制の落とし穴 】
・しかし、自己申告制には落とし穴があり、目標の設定を誤る危険性があると私は思う。何故か。人には個性がある。個性は人の行動や発想のあらゆる所に現れる。それは目標数字に対する考え方にも現れる。積極的でチャレンジ精神旺盛な部員は概して高い数字を申告し、堅実で慎重な部員は低い数字を申告するであろう。部門長も同様に個性がある。堅実派同士が話し合えば数字は益々低くなり、積極派同士の数字は高騰する。また部門長の力量や経験によっても数字は上下する。従って目標は出来上がった時点で各部員の数字はバラバラとなる。 …第一の落とし穴である。

・自己申告制では、部員の目標数値を決めた責任者は誰であろうか。もちろん部門長である。建前はそうなっている。が、それは本当か。部門長は「目標は自己申告制だ。決めた部下にも責任がある」と言いたいのではないか。会社は個人目標に踏み込んだチェックをすると、自己申告制の意義が半減するので出来るだけ避けたい。従って目標はスタート時点から会社と部門長と部員の三者間で、責任の所在が曖昧にされる。そして目標は死ぬ。…第二の落とし穴である。

【 目標はどのように作るべきか 】
・では目標はどのようにして作るべきであろうか。そもそも目標は誰が作り、決めるものであろうか。目標とは会社が年間に売りたい数字、作りたい数字であったはずだ。この数字を実現する為に、年間月別、部門別個人別に様々な目標を作る。従って、目標数値は部門や部員が出来そうな数字で決めるのではなく、会社や部門が求める数字で決めるべきである。企業は売り上げを伸ばし、利益を確保することが使命であり、ここには一点の曖昧さも妥協も許されない。従って目標を作り、決めるのは部下ではなく、リーダーと部下の合作でもなく、責任者であるリーダーである。(この項続く)

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