第217回 『 未来を予測する 』 4

  • 2007/01/23(火) 15:00:00

・第二次大戦後の日本を襲ったハイパーインフレは、61年前の事であった。第一次大戦後のドイツを襲った1兆億倍の超ハイパーインフレは、実に83年前である。私は日本のインフレにはまともに巻き込まれ、ドイツのインフレについても度々話を聞いていた。人々は乳母車に金を積んで、買い物に出かけたと…。二つの恐慌は十分に威力を示したが、いずれも遠い昔の事である。恐慌は再び起こるかもしれないが、心配する人も備える人もほとんどいない。60年間無かったのだから…。あたかも絶滅した天然痘のように感じられる。

【 国境を接する国の実情 】
・あれは10年前頃だったであろうか。ロシアのテレビ局が行倒れの男が放置されているモスクワの街を放映したと新聞が報じた。行倒れが日常化しているのだ。あの北朝鮮にもこんな映像は流されないのに…。また別の新聞ではロシアの女の子は、大人になったら売春婦にという子が多いと報じていた。アメリカとの軍拡競争に敗れ、ソ連が崩壊し、ロシアが悲惨な状況にあることは知っていた。文化も芸術でも先進国のロシアが、なぜこんな悲惨な目にあうのかというモスクワ市民の嘆きを記憶している。にもかかわらず、当時私は国境を接する国で何が起こっていたかを知らなかった。
・7、8年前、アルゼンチンで市民が暴徒となり、集団での銀行襲撃が相次ぐと報道された。原因は銀行が預金口座を閉鎖したためとテレビは報じていた。ずい分激しい国民性だぐらいの感想は持ったが、この時もブエノスアイレスで何が起こっているかを知らなかった。
・そして多分5年前頃、あの二つの報道の背景を知った。それが実にハイパーインフレだったのだ。トップとしては迂闊な話であった。

【 ロシア、アルゼンチン、トルコ 】
・ソ連はアメリカとの軍拡競争に敗れ財政が悪化し、国家が崩壊した。それは社会主義計画経済が自由主義市場経済に敗れたのだ。この結果ロシアには経済の基盤が消滅してしまう。その故であろうか、データによるとロシアは崩壊後2年目の1991年、エリツィン政権下にハイパーインフレに襲われた。日本は4年で物価は60倍になったが、ロシアは1年で70倍というから凄い。ドイツは2年で終わったがロシアは4年間続く…。
・1995年インフレはようやく鎮静化したがアジアの経済危機、石油価格の低迷により1997年には再びハイパーインフレが発生する。ルーブル、債券、株式に売りが殺到した。銀行が苦境に追い込まれ、政府は銀行の対外債務の支払いを3ヵ月停止する。そのロシア政府も債務不履行(デフォルト)となる。そしてついにはルーブルを1000分の1に大幅切り下げ、銀行預金を封鎖し、ついに預金の没収にまで進んだ。しかし99年、石油価格の高騰により経済は好転、インフレも年20%まで下がり、危機を脱した。
・アルゼンチンのインフレは1988年に始まり、1999年に終わる。物価は年間40%上昇し、最悪期、年間4900%の上昇をみた。ハイパーインフレは一度収まるが2002年、再び物価上昇が始まる。
・インフレはロシアは7年前、アルゼンチンは18年間、そして今も続く。この二カ国だけでなく、1995年トルコにも発生していた。つい最近まで続いていた。それは遠い昔の出来事でなく、今身近にあることなのだ。

・一国の経済が破綻することは恐慌である。恐慌には物価が短期で激しく上昇するハイパーインフレが起こることがある。また反対に物価が下落を続けるデフレのこともある。デフレの下では景気は後退し企業の倒産は続出し、また、失業が増大する。1929年のアメリカの大恐慌はデフレであった。株式は大暴落しついに、7分の1になる。工業生産は3分の1以上低下し失業率は25%にのぼった。
・ハイパーインフレの場合は金を物に変えておくべきであり、デフレが予想される場合はできるだけ現金で持つべきである。上の例で言えば株式は7分の1で買えるのだ。そして予測は想像力から始まる…。(この項続く)

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