第221回 『 未来を予測する 』 8
- 2007/02/28(水) 15:00:00
・日本人の資産づくりは株式、土地建物、預貯金によって行われ、それ以外にはほとんどない。このうち株式は暴落して5分の1、土地建物もまた4分の1になり、預貯金はロシアのように政府に没収されなかったが、金利5%が平成7年、1%を切り、実質零になって10年がたった。更にデフレは10数年続き、脱却できたのか未だはっきりしない。
【 これを恐慌と定義する者がいない 】
・このように並べると、事態は明らかに恐慌ではないか。数千万人が資産を失い裸にされた。それだけでなく多額のローンの支払いに、今も数百万人が苦しんでいる。
・資産を持たない人は、災難を免れたようだがそうではない。失業率はアメリカの25%ほどではないが、2%が5%に上がった。深刻なのは正社員の減少とパートの増加だ。長引く不況で人員が余り、年収200万の層が急激に増え、格差が一段と進んだ…。これは形を変えた失業である。
・不思議なのは、これを恐慌と定義する者が日本に一人もいないことだ。エコノミストにも政治家にも…。これを恐慌と言わない理由は二つ三つある。株式の急速な上昇と激しい下落をバブルが弾けたと表現されている。そしてこの表現が、人々に実にピッタリ感じられたためである。
【 終戦という表現が現実を曖昧にした 】
・理由の第二は恐慌という言葉が厳しく強い言葉だからだ。第二次大戦で、日本がアメリカに降伏した8月15日を終戦記念日という。この終戦という言葉は、敗戦当時から人々に広く使われていたと思う。それは敗戦という厳しい言葉を避けつつ、人々に潜在していた厭戦気分にマッチしたためであろう。
・物事を柔らげて表現することは日本人の美意識であり、悪いことではないかもしれない。しかし、これが現実を曖昧にした。敗戦という言葉にはリーダーの責任を問う響きがある。夫や子を戦で失った人が当時は数百万もいたのだ。終戦という表現には、これをもたらしたリーダーに感謝したくなる。結局、日本における戦争責任の追及は何も行われなかった。
・恐慌はバブルが弾けて起こるのだから、エコノミストはこれは恐慌だと言うべきだった。我々は弾けたバブルの泡の中で、泡を喰っていたのではない。歴史に残る恐慌の中で苦しんでいるのだ。二つは同じ現象ではなく、違う概念なのである。
【 バブルの崩壊と恐慌は違う 】
・例えば株式や土地など、数量に制限があるものに買いが増えればバブルが発生する。ここに買いが集中すればバブルが本格化する。やがてバブルが弾ければ価格が急落し、目の眩むような崩壊が始まる。39,000円の日経平均株価がたったの7,800円へ…。大抵の人は高値でつかんでいるが、保持できなければ投げなくてはならない。自己責任である。
・以上がバブルの崩壊である。投機には国民のすべてが参加するのではない。あくまでも一部である。そして参加した一部の人に損害は限られる。
・では恐慌とは何か。インフレもしくはデフレにより一国の経済が破綻し、全国民に経済的な損害を与える事である。一部の国民でなく全国民という点で、バブルの崩壊とは決定的に異なるのだ。
・では恐慌はなぜ起こるか。原因はいくつかあるが主な原因は二つある。一つは戦争、戦争に敗れてドイツと日本において恐慌が発生した。まず、戦争を継続する為に政府は巨額の借金をする。次に壮大な消耗戦。そして生産設備の徹底破壊…。ロシアはアメリカとの冷戦に敗れて恐慌となった。
・恐慌が起こる第二の原因はバブルの崩壊である。1929年のアメリカは株式市場のバブル崩壊が原因で恐慌になった。現在の日本の恐慌は土地と株式市場のバブル崩壊により発生した。(この項続く)
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