第285回 『 大器晩成』2

  • 2008/10/10(金) 15:00:00

  【 新たな理由 】
  ・ここで私は、母が私を「大器晩成型」と評した理由に、新たに思い至る。

  ・私の父は、終戦直前に朝鮮で亡くなった。母は幼い二人の子の手を引いて戦
  後、身一つで日本に引揚げた。彼女は生計の道として東京に出て貸本屋を営み、
  女手一つで二人の子を育てた人であった。姉は高校に、私は大学まで…。その
  後、母はパチンコ屋、おでん屋など、持ち前の社交性を活かす客商売を営む。
  そのいずれも成功を見たのは、母の賢さ故と思う。
  ・このような社会経験の豊富さによって、母は自然に鑑識眼が身についたのか。
  その母の鑑識眼に、息子の将来が「大器晩成型」と映ったのだと考えたい。あ
  るいは、母はそのように直感していたのかもしれない。

  【 支え 】
  ・この母の言葉は私にとって、どれだけの支えとなってきたのであろうか。私
  はこれまでに二度の挫折を経験している。一度目は、今から48年前、トステ
  ムの前身、妙見屋建具株式会社を退職した時である。二度目は3年後の教材会
  社の退職である。それは起業家を志す「スピン・オフ 」であったが、教材会社
  の為に私が出来る事が残っている中での退職は挫折と言えなくはない。
  ・ただ、二つの挫折は遠い昔の出来事であり、母の言葉がどれだけ私を支えて
  くれたかは、記憶は定かではない…。

  【 度々の無銭旅行 】
  ・私は若い頃の経験の中に貴重な体験をしている事をすっかり忘れていた。大
  学時代、私は平凡な学生生活を送っていたと思う。が、少し過酷な趣味らしき
  ものを一つだけ行っていた。それは、度々の無銭旅行である。

  ・昭和32年、大学2年の頃である。まず、私は友人と二人で1週間をかけ静
  岡から天竜川を遡り、長野の諏訪湖まで歩いた。この時はたまたま一夜、農家
  に泊めてもらうという幸運に恵まれた。泊まる事が出来たのは、宿泊交渉の結
  果である。農家はまるで江戸時代さながらのあばら家であった。最近の日曜夜
  のテレビ東京の「田舎に泊まろう!」という番組で映る農家の御殿のような素
  晴らしさはなかった。農家も変わったんだ…。

  ・秋には三人で1週間の無銭旅行をした。友人二人のうちの一人は今の当社の社
  長である。飯盒炊飯にテントに寝袋。伊豆、天城を越えて下田まで行った。

  【 北海道から東北にかけて 】
  ・大学3年の夏には、北海道から東北にかけて旅した。この時は天竜川に行っ
  た友人と二人。文字通りの蒸気をモクモクと吐き出す汽車の周遊券のみ手にし
  て…。国鉄は各駅停車、お金がないからバスなんて使用できない。バスの代わ
  りにヒッチハイクをする。ヒッチハイクが上手く行けば、軽く名所へ。上手く
  行かなければひたすら歩く。
  ・この無銭旅行は1ヵ月の長期に渡る。30日間、泊まる当てはまるで無い。
  イヤ、二つだけ知人宅があったか…。宿泊費はゼロ。旅館などは到底無理だ。
  運が良ければ小学校に2、3回泊めてもらえる。この時は営林署に泊めてもら
  い、美味しいイクラをご馳走になった。ほとんどはテント生活か、観音堂に上
  がりこんで埃の中で眠った。3食は全て自分たちで作る。飯盒で米を炊き、ふ
  りかけに干物に梅干くらい。
  ・無銭旅行は気が重いものだが、二人だと随分救われる。この事は、後に思い
  知らされる事になる…。

  【 ただ一人で 】
  ・大学4年の春に、私は九州一周から山陰を回った。ただ一人で25日間の無
  銭旅行であった。スタッフAは、勇躍出掛けて行くという表現の草稿を持ってき
  たが、私は現実の姿を表現せざるを得ない。現実は勇ましさとは程遠いもので
  ある。この日から3食を私は自分で作らねばならぬ。当てが無いまま泊まる場
  所を一人で探し歩かねばという気の重さ…。出発前のそんな重苦しい気分から
  足取りは重く、トボトボと出掛けて行くのである。25日間の孤独と不安…、
  しかし時に爆発するような喜びに変わる日々。
  ・同じ年の夏、懲りもせず私は一人で四国を回り、関西へ。20日程の無銭旅
  行であった…。

  ・そういえば昭和37、8年頃に「カニ族」と呼ばれる人たちが繁殖した。彼
  らは大きなリュックを背負い、込み合う汽車の中を横歩きに歩いたのでそう呼
  ばれた。私たちは言わばその走りであったのだ。その姿もいつの間にか見られ
  なくなった。カニ族はいったいどこへ行ったのだろう。


  ※ 次回のメールマガジンの配信は、10月17日です。
  『 大器晩成 』は全3章の連載です。

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