第225回 『 意思決定と役員会 』

  • 2007/04/10(火) 15:00:00

・平成の恐慌は平成3年に始まり、およそ10余年の長期にわたり日本列島に居座った。中小企業はもとより大企業も、バブル期の放漫経営のツケを徹底的に支払わされた。過剰な人員、過剰な生産設備、そして過剰な借入金…。加えて膨大な不良債権(もしくは資産)。恐慌の中、ツケの支払いの出来ない大小の会社が波に呑まれるように姿を消したが、大多数の会社が幸いにも生き延びた。そしてそれぞれの会社が、あの恐慌から貴重な何かをつかんだであろう。それを私の例でお話ししたい。

【 撤退と縮小の作戦 】
・平成3年から、当社の生き残り作戦は始まった。管理者養成学校ロサンゼルス校の閉鎖と撤退。贅沢に使っていた本社事務所ビルの解約と移転…。その他様々な決断を社長の私は専務に相談しながら進めていた。作戦は当初は撤退と縮小が中心であった。こうして3年、リンゴの皮を厚く剥くように売上が落ちていく…。それもようやく下げ止まり、低いながらも収支がバランスするようになった。
・あれは多分、平成6年頃だと思う。これまで撤退縮小を繰り返していたが縮小ばかりでは組織はもたない。その頃、私はビデオ事業への本格的な取り組みを検討していた。それを行うとなれば少なくない資金を投入しなくてはならない。成功すればいいが、失敗すれば会社が受けるダメージは小さくない。縮小路線では果敢に決断していた私も、この時ばかりは決断がつかなかった。

・そしてある日、私は取締役会を招集した。私を含む4人の常勤取締役と一人の非常勤取締役、そして一人の非常勤監査役、それは10数年振りの役員会であった。会議は月1回、11時半より、夕刻5時、または6時まで続いた。会議では新事業進出などの重要案件だけでなく、会社の売上の推移や存在する問題点などが熱心に話し合われた。

【 一人より二人が優り、二人より十人が優る 】
・会議が行われるようになって気がついたことがあった。人は何かを判断する場合、その良し悪しについて様々に考えをめぐらす。この考えるという作業は一人の頭脳の中で完結する事もあり、二人の対話によってチェックされ、五人、十人の討議によって鍛えられることもある。そして私の体験では多分、一人より二人が優り、二人より十人が優っている、…ように思う。もちろん参加するメンバーの資質にもよるが…。

・役員の中の二人の非常勤氏はそれぞれ会計事務所のトップであった。つまり遠慮のない発言が期待でき、二人もそのようにされた。後に大企業の取締役だった人が、非常勤役員として5年間、参加頂いた。この役員会があれから12年間続いている。そしてこの役員会が当社の意思決定の質の向上に貢献していると思う。
・非常勤役員は会社の実情をほとんど知らない。そこで案件によっては現在の仕組みやそれが作られた経緯、またその仕組みのプラス、マイナスを説明しなくてはならなかった。この事は面倒のようだが思わぬ利点があった。まず提案者は案件について現状や経緯をきちんとチェックせねばならず、これは常勤役員の認識の統一にも役立った。あるいは役員の説明能力を高めてくれた。

・月1回の会議では議論は白熱した。5時間のディスカッションが終わると皆フラフラになった。12年間、150回に及ぶこの積み重ねは大きかった。(この項続く)

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