第246回 『 ご質問に答えて 』 2

  • 2007/11/20(火) 15:00:00

【 財部氏が姿を見せない理由 】
・財部一朗は昭和45年、地下鉄浜松町駅のホームで過労により昏倒…。そのまま救急車で入院。幸い翌日退院するも奇病を得て (最近、広場症候群の名が付く) 出社不能。やむなく自宅勤務となる。この時財部33歳、社員10名 創業3年の小企業の社長であった。
・それは150万円の資本金と、おでん屋を営んでいた母親から借りた200万円で始めた出来たばかりの小会社で、商品は僅か一品、強力なバックや安定した取引先などなく、いつつぶれてもおかしくない状況でした。

・自宅勤務はその後、実に18年続いた。広場症候群とは地下鉄、デパート、人混み、要するに都心がタブーです。ここで発作が起こると大量の汗をかき、木造の旅館に逃げ込み、蒲団に倒れこみます。この間、死ぬのではという恐怖と闘います。

【 会社は幸い生き延び、養成学校を世に送った 】
・やむなく出社を諦め、部下を呼んで郊外の自宅で仕事をやりました。後に自宅近くに民家を借り、ここで部下と仕事をしました。会社に出ないので雑務が自然にカットされ、研究に専念できたのでマイナスばかりではありませんでした。その後ファックスが開発され、仕事は多いに助かりました。
・この間会社は幸い生き延びただけでなく、倒れて9年後には養成学校を世に送り、会社も学校と伴に成長した。
・倒れて18年後病も癒えて私は出社した。しかし4年後の平成3年、バブル崩壊の大不況により事務所を縮小した。この時、財部はデスクを同僚に譲って再び自宅勤務となる。14年間、自宅勤務を続けていた。2年前事務所は拡張したが、高齢によりそのまま自宅を続ける…。つまり、自宅勤務は34年だった。

・以上のように病身により財部は内の仕事、外の仕事は元橋という役割分担となりました。

【 財部氏のメルマガはより平易に解かりやすくして欲しい 】
・メルマガにはテーマにより固いテーマと身近なテーマがあります。固いテーマとしては『指導者への道』『意思決定と役員会』等。身近なテーマは『糖尿病の玄関口』 『理想の食事』等があります。身近なテーマは分かりやすいが、固いテーマは分かり難いという批判が社内にもあります。酒井様のご指摘をそのように解釈してよろしいでしょうか。

・固いテーマが分かりにくい理由は二つあります。メルマガのテーマは私の持論を述べるのではなく、最近のマネージメントでの発見、または気がついた事をテーマとしています。従ってその表現がこなれが悪く、理解しにくいということもあると存じます。今後なるべく分かりやすい表現を心掛けて参ります。
・固いテーマが分かり難い理由の第二はテーマそのものが難しい場合、一度読んだだけでは頭に入り難い事です。特にデータ分析など読まれる方に馴染のないテーマですと、理解するには二度三度お読み頂くこともお願い致します。(この項、終了)

この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL

この記事に対するコメント

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する
 にほんブログ村 経営ブログへ