第124回 『 匿名の葉書 』 7
- 2004/01/20(火) 15:00:00
・平成9年4月、橋本内閣は消費税率の3%から5%への引上げを行った。更に秋には健康保険料の10%の値上げを決めた。銀行の不良債権処理は先送り。まもなく日本経済は悪化し、秋には山一證券、三洋證券、北海道拓殖銀行の倒産等、金融不安が深刻化した。この夏、私は事態が容易でないと感じていた。
・創業以来30年間、私は営業については11人の部門長に丸投げにしていた。私と同僚の二人のトップは営業部門の運営に関与したが、腰の入ったものではない。営業所は各地に点在し、ここには120人前後、当社の約半数の社員がいた。120人の社員が日々どのような活動をしているか、私はほとんど何も知らなかった。トップが知らなければ誰かが情況を説明してくれたら良い。しかし、それを知っている人も、データを持っている人もいなかった。私はデータ作りから始めた。
【 営業を丸投げできた幸せ 】
・私はトップであるが、研究開発を専門として一日の大半を過ごしている。また事業の多角化も私の専任であった。それだけに30年間、営業を丸投げできた事は幸せであった。しかし、先のバブルの崩壊で当社は打撃を受けていた。気がついたら、低成長の時代でもあった。営業という未知の分野で自信がなく、本当は逃げてもいた。私は7年前のある日、決意をして営業問題に本腰を入れた。
・昨年1月の時点で、私の営業改革は6年たった。ところが何ということだろう。こんなはずではなかったが売上はこのうち5期、ズルズル減少を続けてしまった。昨年、私は営業目標を二桁成長と利益6%とした。この6年間の研究の成果として、営業に効果をあげる行動を発見していた。これを一ヵ月8件取れば、新人でも十分の数字を示すはずだ。これを経過目標として社員に必達するように命じ、6件をノルマとした。そして一年、ここでは外国人講師や日本人講師のような反対や反発は一切聞かれなかった。そしてその結果は…。
【 売上は二桁どころか117%を達成した 】
・まず売上は二桁どころか、117%を達成した。利益は総経費が売上と同じ17%上がってしまって、今、計算しているが1%以下となったようだ。昨年は2部門を除く9部門が毎月目標を達成していた。こんなことはこの10年間、初めての経験だった。お陰で営業について、ハラハラしながら数字を見守る習慣をなくした。これが、まあトップの油断でもあった。
・二つの部門が目標達成70%、80%台でうろうろしていた。一つの部門は戦略商品を担当する重要部門であった。たまたまこの部門の事務員の報告書に、K目標の数字が9月、29件に低下しているという記述に気がついた。10月半ば、トップの一人がここの部門長を 『ガツン』 とやった。するとこの時15件の数量が、月末たちまち80件に上昇、11月、12月も85件、65件の実績を残した。
【 私は例のK目標の数字をチェックした。すると 】
・もう一つの売上未達部門の問題は、年末12月10日前後に発見した。売上がなぜ悪いのか、営業社員の実績表を見たら入社2年4ヵ月と1年少々の三人の新人が不振であった。それはいい。私は例のK目標の数字をチェックした。すると三人とも3、4件…。 我々はこれは辞めてもらうしかないと判断し、部門長も同意した。
・翌朝になって私はたいへんなことに気がついた。あの新人たちに部門長はK目標のノルマは6件であること。君たちは毎月、このK目標を達成していないこと。一ヵ月3、4件の数字では解雇される可能性があると予告していたか…。
・トップは部門長に質問した。はたせるかな部門長は朝礼で全体にK目標を取りましょうと伝えたが、個人に個別の指導はしなかったと述べた。すると、新人に責任があるとして退職させることは誤りではないか。部門長はそれを認めた。責任は部門長にあるのではないかとたずね、部門長はそれも認めた。結局、我々は彼の部門長職を解任した。
・K目標については11部門のすみずみまで伝達されていた。当然、部門長も承知していた。では三人の新人はなぜこれを無視したか。部門長はなぜ個別の指導を怠ったか。そしてK目標3、4件という数字を許したか。実に不思議だ…。(この項、続く)
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