第132回 『 バブル崩壊と12年不況 』 5

  • 2004/03/16(火) 15:30:00

・昭和の時代の最後の10年間が、今思うと日本が最も輝いた黄金期であった。インフレなく経済は成長を続け、日本の製造業はその評価を世界で高めた。日本の経営者は一流であり終身雇傭、年功序列の日本型経営は世界に研究され称賛された。政治家に対する不信感こそ強かったが、官僚は優秀性の故に信頼されていた。日本の銀行は世界の銀行のランキングの上位にずらり並んだ。完全雇傭で失業率は僅かに2%台であった。大企業は大学の新卒を競って採用し、他社に流れないよう海外に連れていって囲い込んだ。

【 大掛かりなドンデン返しが待ち受けていた 】
・やがてバブルが発生し、膨らんでいく。平成2年に待ち受けている大掛かりなドンデン返しなど、誰も予測できなかった。それに続く13年の長期不況、そして降りかかる災害を、誰が予測できたであろう。我々は浮かれて、踊っていた。注意も用心もしていなかった。不幸にも不動産や株式等の資産の異常な高騰、バブルがそれに輪をかけた。

・昭和の最後の10年間、日本は繁栄の配当を受け取りながら、内部に病根を育てていたと思う。企業もビジネスマンも、成功に比例して心に慢心が生まれるのはやむを得ない。トップは緊張感を失い、マネージメントは甘くなっていた。昭和54年の第二次オイルショックに対した時のようには、ビジネスマンは働かなくなっていた。
・企業はそれぞれ戦線を拡大し、経営の多角化に、海外展開に、腰が伸び切っていた。建設業者も不動産業者も、その他あらゆる企業や個人が、土地やマンションを腹一杯買い込んでいた。ここに銀行が巨額の資金を貸し込んでいた。そして狙いすましたようにバブルが破裂し、こぞって地獄に叩き込まれた。資産価値は半分になり、まさかの四分の一となった。建設業者は資金繰りに窮し、返済不能に陥った。土地は担保価値を大幅に割った。資金を貸した銀行の債権が回収不能となった。これが不良債権である。銀行は以後13年、不良債権の処理に苦しむことになる。会社を倒産させて不良債権を処理すれば、銀行は自己資本を失わねばならないのだ。

【 リンゴの皮を厚く剥いて果肉まで 】
・バブルは当社にとって何であったか。当社の売上は毎年低下し、半減に近いところまで下がった。リンゴの皮を厚く剥いて果肉まで剥かれる思いだった。同じ事が二度起こった。バブル直後と平成13年…。 当社は22年間、決算は連続黒字を続けていた。しかし、平成2年の決算は赤字となった。それ以降13期、当社は辛うじて赤字決算はまぬがれた。但し売上高利益はひねり出した1%または2%に過ぎず、かつての絞り込んだ5%、10%とは内容では比べものにならない。

【 海外展開の事業は真っ先に整理された 】
・バブルの崩壊は社会にとって何であったか。企業の倒産は平成2年の1年間約6000件が平成4年14000件になった。その負債総額は1千万円以上のものに限っても、平成2年の約1兆5千万円が6兆円を超えた。そして今は倒産件数は19000件である。
・多くの企業が売上を減らし、利益が減少、赤字化した。これに伴い企業は事業を縮小した。海外展開の事業は真っ先に整理された。全国展開の事業は打ち切られ、不良店舗は閉鎖された。そういえば管理者養成学校USAも閉鎖し、日本人担当者が引き揚げてきた。この事業に成功する可能性は1%もなかったのだ…。 やるなら、私がやるべきだったのだ。
・働き盛りのサラリーマンをリストラが襲った。終身雇傭は常識ではなくなった。如何に人を活かすかより、如何に抵抗なく会社を去ってもらうかが、人事担当者の腕の見せ所となった。「働いてもらうところがない」これは企業戦士には、死刑宣告と受け止められたようだ。
・自殺は社会問題化し、深刻になっていた。平成2年21000人が、平成14年32000人になった。家族の為のサラリーマンの保険金目当ての自殺は悲しい…。それでもリストラは止まない。止めれば企業そのものが存在できなくなる。

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