第135回 『学校の歌ができるまで』 3

  • 2004/04/06(火) 15:00:00

『セールス無情』        詞 財部一朗     曲 元橋康男

1. 2.
 好んでやってるわけではないが  靴にしみ込む泥水蹴って
 ある日ある時その気になった  行けどあてないきょう一日よ
 重い鞄に泣く俺ではないが  叱ってくれるな鬼の鬼の所長
 冷たい言葉が骨身にしみた  くじける心をはげまし進む
 ああ桜ふぶきよ 桜ふぶきよ  ああ夏の嵐よ 夏の嵐よ
 セールス無情  セールス哀し

3.
 雪よ吹き荒れ 風よ吹け
 親も女も さがって見てろ
 ここは男の 力の力の世界
 死んでもともと
 やろうじゃないか
 ああ男ふぶきの 男ふぶきの
 セールス志願


・昭和四十九年は第一次石油ショックが日本を襲った。一ガロン二ドルの原油が、十四ドルにはね上がり、人々はトイレットペーパーの買い占めに走るという異常な社会現象が生じていた。しかし不況の大きさはなかなかのもので、当社では数カ所の営業所を閉鎖した。
・時あたかも当社では劇画による営業マン教育教材、『セールス志願』のシナリオ作りが進められていた。劇画は十六ミリ映画に撮影され、教材として販売する…。カセット教材から映像教材へ、創業七年の若い会社の野心作だった。

・私は創業三年にして病に倒れ、以来、会社に出社できなくなっていた。 仕事はやむなく自宅で行った。人混みで死の恐怖に襲われる…。病気は当時は奇病とされたが、今は広場症候群という名前を得て認知された。療養もあって私は東京蒲田から、緑豊かな日野市に住居を移した。
・仕事は自宅で行なわれ、四、五人の若いスタッフが毎日通ってきていた。彼らは新居のリビングに陣取って、シナリオの制作を進めた。街では吉田拓郎の襟裳岬の曲が流れていた。

・セールス志願はある営業所に入社してくる営業マンが、挫折をくり返しながら成長していく姿を描くもので、二時間十分の本格的劇画であった。製作プロダクションは東映動画株式会社、劇画はタツノコプロダクションが担当した。製作費は二千万円である。当然、私の若い頃の営業の経験がシナリオの下敷きとなった。

・この中で私は主題歌を作った。私の處女作、セールス無情である。曲は同僚経営者の元橋康男が担当した。歌手は新橋の駅前のトリスバーで知りあった、流しのサブちゃんに頼んだ。声のいい、歌のうまい歌手だったが、私たちは迂闊にもサブちゃんの本名を忘れた。靴に滲み込む泥水蹴って、行けど当てない今日一日よ。この箇所は営業経験者の共感を得るに違いない。
・十六ミリ映画は昭和五十年に完成した。不況のまっただ中の発売となった。ビデオはまだ普及していなかった。野心作はあまり売れなかった。高い授業料についてしまった。歌は学校のセールス特訓コースの歌として歌われたが平成十二年、セールス鴉と交替した。

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ああセールス無情

今ココでこの曲の歌詞を探し、今では珍しくなったカセットテープを引っ張り出して、涙でグチャグチャになり セールス無情!を歌おうとは・・・・

>>>

バブルがすっ飛んで十数年経ってもまったく経営が好転せず廃業 そして自分はセールスで生きて行くしかなく飛び込み販売の会社にフルコミッションで就職したものの悪戦苦闘。そしてセールス中に昔社員が研修から帰って来てこの曲を泣きながら歌っているのを思い出してしまった。

明日からウオークマン持参で

♪重い鞄に泣く俺でも無いが冷たい言葉が骨身にしみた ああ桜吹雪よ桜吹雪よセールス無情!♪


やってやる。

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