第256回 『 飛び越えて来し、賀状 』

  • 2008/02/23(土) 15:00:00

・初めに小さなエピソードを記して本論に入りたい。
・昨年、メルマガで配信した『カラオケの文化』を引っぱり出して読んでいるうち、この文章を読みたい人が他にも居る事に気が付いた。それは実に50年前、トステムの前身、妙見屋建具株式会社に入社した7人の大学卒業の同期生たち。早稲田2、中央1、法政1、明治1、短大1。社名から、当時の就職事情の厳しさがうかがえる。
・それはともかく同期生たちは、そのほとんどは住所が分からない。が、唯一人、トステム社に留まり、代表取締役社長を務めた飛田英一氏がいた。早速会社に電話したところ、昨年6月に引退していた。

・苦労して住所を調べ出し、正月、手紙を付けてメルマガを送った。『 飛田さん、お元気ですか。貝谷ですよ… 』(かいや、私の本名)飛田氏は年齢は私より一歳上ですが、入社は私より一年遅かった。果たしてあの宴会に出席していたか。折り返すように返事がきた…。

【 良くぞ便りをくれました 】
・あの宴会は残念ながら飛田氏の記憶にはなかった。…やっぱり。あの当時、二人は親友だったと思う。私の退職後も二人は何度か会っていた。しかし互いに責任が重くなるにつれ、気がついたらすっかり疎遠になっていた。
・あのメルマガは私の格好の現状報告になった。飛田氏の手紙には私の現状にいくつかの感想が寄せられ、また、氏の近況が述べられていた。パソコンを始めた事、この文章も2時間かけて打った事。送れないので手紙を送ること。速歩散歩と俳句三昧…。文中には『 良くぞ便りをくれました 』という記述と、冒頭の次の俳句が泣かせた。
 『 50年を 飛び越えて来し 賀状かな 』
・何だか大きくてダイナミックな句だなァ!メルマガが失われていた友情を復活させたのだ…。それにしても、この歳で友を得たのは幸せな事だった。

【 知識は力なり、この言葉が好きだ 】
・知識は力なり、この言葉が私は好きだ。それを職業としている。それを実生活で実感している事がある。その第一弾は既に書いた。すなわち医療費の一部が自身の納税額より還付が受けられる事だ。この他にも居住用住宅(住宅、マンション)を売って損失が生じれば一定の要件のもとに、損失額はその後の所得から控除され、納税額の範囲で4年間に渡り、還付が受けられる。私はこの恩恵(?)を受けている。毎年数百万円、私の場合は納税額がすべて返ってくるのだから凄い。ただしこの事は承知している人も多いと考え、また、対象者が限られるのでテーマとはしなかった。(この項、終了)

・次回の配信は2月29日とご案内致しましたが、本日23日、臨時で配信させて頂きます。急な配信となり恐縮ですが、お楽しみ頂ければと思います。29日は、予定通り『疲労感が消えた』2の配信とさせて頂きます。

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