第257回 『 疲労感が消えた 』 2

  • 2008/02/29(金) 15:30:00

・焼香が終わって出棺の準備の為、20分ほど一人、ポツンと坐っている私のお相手を奥さんにして頂いた。何かの話で私が離婚した事を告げた。また、酒、煙草に話が及びK氏は喫煙を続けている事、私が15年前にやめた事を告げ、『やめるように注意したらどうですか』と言うと、『言うとストレスになりますから言わないようにしているんです』『ははあ…』私は感心せざるを得ない。60歳を過ぎたK氏に奥さんはここまで気を使っているのか…。

・しかし、喫煙を続ける害と奥さんが注意することで派生するストレスの害は同列ではない。喫煙の害の方が比較にならないほど大きいはずだ。しかし奥さんの注意がK氏のストレスとなる事は事実であろう。あるいは不仲の原因となるかもしれない。そこで『考える技術』を使ってこの問題を解決できないか。

【 注意するとなぜストレスや不仲が発生するか 】
・喫煙を注意しても、それがストレスや不仲にならない方法はないかを考えてみれば良い。更に一歩進めて、注意をするとなぜストレスや不仲が発生するかを考える。なぜだろう…。

・原因は、まず喫煙は身体に害を与える事が人々に広く知られている。それは癌の原因になるし、健康を損なう。禁煙は辛い試みだが心ある人の中に煙草をやめる人が増えている。煙草を喫わない人も以上のことをよく知っている。愛する人の健康の為、奥さんは煙草をやめるべきだと考えることが自然である。そこで言う。『煙草、やめた方がいいわよ』『ねえ、やめたら、煙草』

・喫煙者の多くは禁煙したいと思っているが、そのように思ってない人もいる。喫煙は嗜好であり、本人が判断する領分である。煙草に害がある事は事実だが、煙草をやめたらという言葉は奥さんの判断の一方的な押しつけになる。従って奥さんの言い方や言う回数、あるいは二人の人間関係によってはストレスにも不仲の原因にもなり得る。一方的な判断の押しつけ、これが原因なのだ。とするなら、これを避ける事はできないだろうか…。むろん出来る。しかも相手に喜ばれて。

【 禁煙について話す事を嫌がっているか 】
・まず喫煙者は禁煙について話す事を嫌がっているか。そんな事はない。彼らは禁煙についても大なり小なり悩んでいる。そして、悩みはたいてい誰かに聞いてもらいたいものだ。判断の押しつけには警戒しているが禁煙について話し合う事は歓迎。これが喫煙者の基本的スタンスである。

・あなたが禁煙について二、三度話しかけ、判断の押しつけがないと知れば、彼は心を開くであろう。ではどんな事を話題とすれば良いか。それはやはり煙草の害が第一であろう。最近は煙草の害の研究が進んで、興味深いデータが新聞などで公開される。このデータについてどう思うか。禁煙をしたいと思っているか。したいなら、それを強く望んでいるか。禁煙は出来そうか。出来ないとしたらそれは何故か。私に手伝える事はないか。

・彼は『時々、注意してくれないか』と言うかもしれない。こうなれば万歳だ。もちろん、押しつけや非難にならないように気をつけ、手伝っていることを忘れなければ…。

・出棺の折、奥さんが挨拶に来られた。私は咄嗟に『Kさんが離婚されず、私が離婚した原因…。お分かりですか』とたずねた。『分かりません』私は言った。『奥方の美しさの差です』 少し不謹慎かと思ったが、御母堂は95歳の大往生であり、多分、お許し下さるだろう。(この項、続く)

第256回 『 飛び越えて来し、賀状 』

  • 2008/02/23(土) 15:00:00

・初めに小さなエピソードを記して本論に入りたい。
・昨年、メルマガで配信した『カラオケの文化』を引っぱり出して読んでいるうち、この文章を読みたい人が他にも居る事に気が付いた。それは実に50年前、トステムの前身、妙見屋建具株式会社に入社した7人の大学卒業の同期生たち。早稲田2、中央1、法政1、明治1、短大1。社名から、当時の就職事情の厳しさがうかがえる。
・それはともかく同期生たちは、そのほとんどは住所が分からない。が、唯一人、トステム社に留まり、代表取締役社長を務めた飛田英一氏がいた。早速会社に電話したところ、昨年6月に引退していた。

・苦労して住所を調べ出し、正月、手紙を付けてメルマガを送った。『 飛田さん、お元気ですか。貝谷ですよ… 』(かいや、私の本名)飛田氏は年齢は私より一歳上ですが、入社は私より一年遅かった。果たしてあの宴会に出席していたか。折り返すように返事がきた…。

【 良くぞ便りをくれました 】
・あの宴会は残念ながら飛田氏の記憶にはなかった。…やっぱり。あの当時、二人は親友だったと思う。私の退職後も二人は何度か会っていた。しかし互いに責任が重くなるにつれ、気がついたらすっかり疎遠になっていた。
・あのメルマガは私の格好の現状報告になった。飛田氏の手紙には私の現状にいくつかの感想が寄せられ、また、氏の近況が述べられていた。パソコンを始めた事、この文章も2時間かけて打った事。送れないので手紙を送ること。速歩散歩と俳句三昧…。文中には『 良くぞ便りをくれました 』という記述と、冒頭の次の俳句が泣かせた。
 『 50年を 飛び越えて来し 賀状かな 』
・何だか大きくてダイナミックな句だなァ!メルマガが失われていた友情を復活させたのだ…。それにしても、この歳で友を得たのは幸せな事だった。

【 知識は力なり、この言葉が好きだ 】
・知識は力なり、この言葉が私は好きだ。それを職業としている。それを実生活で実感している事がある。その第一弾は既に書いた。すなわち医療費の一部が自身の納税額より還付が受けられる事だ。この他にも居住用住宅(住宅、マンション)を売って損失が生じれば一定の要件のもとに、損失額はその後の所得から控除され、納税額の範囲で4年間に渡り、還付が受けられる。私はこの恩恵(?)を受けている。毎年数百万円、私の場合は納税額がすべて返ってくるのだから凄い。ただしこの事は承知している人も多いと考え、また、対象者が限られるのでテーマとはしなかった。(この項、終了)

・次回の配信は2月29日とご案内致しましたが、本日23日、臨時で配信させて頂きます。急な配信となり恐縮ですが、お楽しみ頂ければと思います。29日は、予定通り『疲労感が消えた』2の配信とさせて頂きます。

第255回 『 疲労感が消えた 』 1

  • 2008/02/15(金) 15:00:00

・昨年12月、私の体が妙に軽くなっている事に気が付いた。それまでのあの疲労感が消えているらしい…。疲労感がないなんて、多分20年以来の事だろう。有難い話だが、何が原因で疲労感が消えたのか。

・原因として考えられるのは一日三食玄米主義だが、あの三玄主義は実は昨年夏に頓挫していた。原因は昨夏の異常な暑さにあった。私は女優の宮沢りえと共通項は一切無いが、一点、拒食症を共有している。この病気はなかなか辛いもので、昨秋にもパリコレクションの有名ファッションモデルが拒食症で死亡している。

・症状は数年に一度、たいてい夏に起こる。一度起こるとほぼ2,3週間続く。4年前にも症状が出て55キロの体重が52キロに激減し、13日間ぶっ通しでビタミン注射に通った。女性の多くがダイエットが原因で拒食症になるのに対し、私の場合は胃の全摘出手術によった。

【 食事は楽しみでなく義務もしくは負担 】
・日頃、食欲はあまりない。食事は楽しみでなく義務、もしくは負担である。そして料理は苦手ときている。こんな男が三玄主義などすべきではなかった。少なくとも夏場は避けるべきだったのだ。あまりの暑さにイカを煮るのも面倒になって、おかずが手薄になっていた。そして三食玄米…。

・気がついたら拒食症にやられていた。食事が喉を通らない。無理に食べると嘔吐する。仕方ないので時間をかけて、少しずつ攻略する。『これを食わなきゃ、生きていけない』と言い聞かせながら。この時の対策が玄米一食とした事。また夕食は比較的、抵抗がない事に気がついた。原因は酒にあった。私は法事でも結婚式でも、昼酒はしない主義だったが、この時は朝から酒を飲んだ。こうして拒食症から脱出したが、玄米は一日一食になっていた。

【 そして焼香はただの一回 】
・原因は分からないまま年末のある日、社員K氏のご母堂様のお葬式に参列して来た。寒い日が続くと人は亡くなる。式は型通りに進み、和僧の読経が終わると親族より焼香が始まり、一般参列者が続く。大抵の人は祭壇に向かって一礼し次に親族に一礼し、丁寧な人は参列者にも『お先に…』というように一礼して祭壇に進んだ。そして焼香は二度か三度、一度の人はいないし四度の人もいない。

・ところがここに一風変わった型がみられた。彼は祭壇に向かって一礼すると参列者にはもとより親族にも礼をせず、まっすぐ祭壇に進んだ。そして焼香はただの一回。そして正面の位置に戻るともう一度礼をし、ここで初めて親族に一礼した。

・11年前、定年退職を目前にして幼馴染が癌で死んだ。夏の暑い日…、釣りを楽しみに新車を買っていたのに…。一周忌の日、墓前で住職が上記のやり方を私に教えてくれた。『親族は後で良い、佛に集中しなさい…。』そして『焼香は一度で良い。一度で決めなさい』以後、私は住職の教えを守っている。(この項、続く)

焼香の回数、土田弘司
・ちなみに焼香の回数は宗派によって異なるそうです。真言宗・浄土宗は三回、曹洞宗・浄土真宗大谷派は二回、臨済宗・浄土真宗本願寺派は一回、日蓮宗は概して一回としています。ただしこれはあくまで原則で、一般の参列者の場合は一回でも三回でも特に失礼ではないとされています。

・過日より、配信を10日に1回から週1回へと改めました。この度、緊急の仕事が入り、時間のゆとりを失いました。よって、次回より配信を10日に1回(原則毎月1日、10日、20日)に戻させて頂きます。計画性の無さを露呈しました。申し訳ありません。今月は1日、8日、15日と配信させて頂きました。次回の配信は、2月29日とさせて頂きます。(この項、終了)

第254回 『 日本で最も潰れやすい会社 』 8

  • 2008/02/08(金) 15:00:00

・先に述べたが、以上7回にわたり述べてきた事は、私が明快に認識していたことではない。弁護士の質問に触発され、私が日頃感じ、感じるままに経営していた事を見つめ直した事である。

【 調査は入念にやったはず、それだけに不思議だったのだろう 】
・『養成学校の悪口の類が全くないし、聞いた事がない』これは法律事務所のクライアントに対するお世辞ではない。彼らも学校同様、信用が頼りの仕事である。ビジネス教育産業での事故は徹夜の作業により参加者を疲弊させ、逃げ口を閉じて追い込む事により起こる。法律事務所は名が通っていたから学校の暗い部分が表に出たら、それこそ週刊誌に叩かれよう。従って、調査は入念にやったはずだし、それだけに不思議だったのであろう。

・弁護士の質問を聞いて、私には何だか重要に思え、そのうちのいくつかには答えてみたい衝動があった。そこで疑問への回答を書き始めたが思いがけず長文になり、お陰で8本のメルマガが生まれた。日頃テーマに苦しんでいる身には有り難い事であった。しかし書く事によりいくつかの貴重な発見があった。
・例えば、『一旦事故を起こしたら、学校は一発でふっ飛ぶぞ』と私は常に言っていた。しかし『日本で最も潰れやすい会社を作っていた』という表現を得て、当社の本質が鮮明になった。また、夜間行進の映像と共に『またも事故』のテロップが流れ、訓練生の大半を失う。そういう日が来ると私は感じていた。いやいつか必ず来ると私は認識を変えたという表現を得て、私は自分が見えてきた。それでも学校は生きねばという決意は発見であった。それには、この学校をお客様にはなくてはならないものにする。この為には抜群の効果を目指さねばならぬという事も、新たな発見であった。

【 感じるままの経営は間違ってなかった 】
・しかし、私の感じるままの経営は間違ってはいなかった。例えばお客様の信頼を得る努力は15年前から始めていたし、抜群の効果を目指す講師教育への傾注は7年の歳月をかけている。つまり、この8回の文書は私たちの経営の正しさを実証してくれた。
・しかし、この文書を10年前に書いていたらなお良かった。私は処罰で部下を統率したが、これがあれば講師や営業達の心からの理解と協力が得られ、改革のスピードは倍化していたに違いない。また処罰については役員会で二人の非常勤役員に度々批判された。私はその度に釈明したが、この文書があればもう少しマシな釈明になったろう。

・今、赤福の日付偽装と船場吉兆の産地偽装が問題となっている。長い伝統を持つこの二社のトップと私たちとの差は、倫理観の差に求めるより『潰れやすさ』と『潰れにくさ』にあるように思う。彼らは油断しすぎたのだ。二社のうちの一社は多分生き延びるであろうが、雪印の例だってある。こういう僅かな利に夢、会社の生命を賭けてはならない。

・先の下着事件で、失われた信頼を一社だけ取り戻した事は既に述べた。気が付いて、あの時の参加社20社中、何社がその後ご派遣下さったかを調べてみた。3社か、5社か。10月末の半年で実に14社がご派遣下さっていた。…どうしよう。(この項、終了)
注)この号は平成19年12月7日に書かれたものです。

・在庫が溜まりましたので、しばらく在庫一掃セールを致します。配信は10日に1回から週1回へ。配信日は金曜日と致します。

第253回 『 日本で最も潰れやすい会社 』 7

  • 2008/02/01(金) 15:00:00

【 訓練生は何か。お客ではないのか 】
・当社のお客は誰か。言うまでもなく32万余の訓練費と13日間の日時を与える経営トップである。では、訓練生は何か…。お客ではないのか?私はこの問題に約10年前に遭遇した。そして決断をした。訓練生はお客だ! 今までここが曖昧だったのだ。お客様だから叱っても良いが丁寧語でやりなさい。以来、これを徹底している。歩みはのろいが、変化はしている…。
・講師に弱いのは訓練生ばかりではない。たとえば講師に頭の上がらない営業は講師に対するお客様のクレームを隠す。またはクレームを本部に上げずに直接講師に流す。これによりクレームは曖昧に処理され、お客様に不満を残す。

・このような事を知ると私は営業も講師も即座に罰した。そして全社に処分をファックスした。学校のリーダーは訓練室を廻り、講師の態度をチェックした。訓練生のアンケートに暴言を指摘された講師は、せっかく決定していた昇級を棒に振った。

・200人を超えるお客様に1日/12時間の訓練をし、それを13日続け、三食と、12泊に及ぶ宿泊とその施設を供すれば、クレームは常に多発する。更に発声、素読から報告書まで百数十種類の訓練を実施すれば、訓練の成果があがってない項目にクレームが来る。今は減ったがひと頃は毎月数件の処罰が行われた。お客様のクレームには原因と対策を明記したお詫び状をお送りした。10年余の取組みでクレームを最小限に抑え込んでいると思う。

【 訓練生と講師との間は険悪化した 】
・しかし油断は出来ない。この春、女子コースで入浴中、下着の盗難が発生した。以下の事は流石に私も書き難い。
・…訓練生は動揺し、会社に電話したいので電話を掛ける許可を求めてきた。講師達はあろう事か電話を禁じてしまった。会社への隠蔽を企図したのだ。これにより数十人の女子訓練生と6名余の講師との間は険悪化した。心ない言葉が講師の口をついて出て事態は更に悪化した。夜、9時過ぎ、事態を知ると私は訓練生を集めて謝罪する事、すぐ電話を許可する事を責任者に指示した。
・ところが緊迫した中で出されたこの会長命令は、責任者と講師達によって無視された。彼らは『今夜はもう遅いから電話は明日にしましょう』と言ったのだ。そして翌朝、訓練生達は当然、電話を掛ける許可を求める。これに対し講師は言を左右して先延ばしする。そして午前10時、ついに訓練生の怒りが爆発する。51人全員が訓練をボイコットしたのだ。
・ここに到って初めて事態の報告が本部に入った。講師達は何と、20社の派遣企業だけでなく、本部まで命令無視とそれが引き起こしたトラブルを隠蔽しようとしていた。そして、こんな稚拙な隠蔽工作が社会で通用すると計算していたらしい…。先生と呼ばれる人達の何という傲慢。お持ちの常識の、何というお粗末さ!
・事態は謝罪と電話の許可により収拾したが、半数の訓練生が学校を後にされた。一段落した所で私は処罰を行った。6人の講師は全員降級、責任者は諭旨解雇…。

・私は詳細を調べてありのままを派遣責任者にご報告した。数名のトップの方から厳しい詰問状が寄せられた。私は一つ一つにお答えし、許可を得てそのやり取りを他のお客様にもご報告した。
・詰問状を頂いた方のお一人が、例の『40周年記念』パーティーに出席された。そして自らお名前を名乗られ、私に握手を求めて下さった。失った信頼を取り戻した幸せな一瞬だった。一社だが…。(この項、続く)

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