第247回 『 日本で最も潰れやすい会社 』 1

  • 2007/11/30(金) 15:10:00

・当社がお願いしている法律事務所の弁護士さんから、担当取締役に以下のような質問が寄せられた。

「私は仕事がら、多くの研修会社の情報を持っている」
「実は管理者養成学校や地獄の特訓についても以前から知っていた。一部パンフレットも持っていた」
「研修会社については、一部の『 自己開発セミナー 』のように問題(傷害、人身事故等)が取り沙汰される事がよくある。」

【 養成学校については悪口を聞いた事がない 】
「ところが不思議なことに、管理者養成学校については悪口の類がまったくないし、聞いた事がない」
「これだけ長い間やってきて(養成学校創設28年)、『 地獄の特訓 』の名称の研修をやっていて、どうして悪い噂や悪口がないのか」

「何か秘訣でもあるのか」「研修効果が高いのか」「なんで地獄と言うのか」
「一度学校を見学してみたい」「校長講演を聞いてみたい」「財部氏に会ってみたい」

・白い恋人、赤福、宮崎産鰻、比内鶏、そして社長が逮捕されたミートホープと、食品業には産地、賞味期限、品質などの偽装疑惑があり、それが時々表面化する。産業教育業界の隠しておきたい事は、たまたま起こった傷害や人身事故である。もちろんすべてが『 たまたま起こった 』ものだけでなく、研修の目的ややり方の中に原因が潜んでいる場合もある。従って人々の中には教育会社の研修に疑惑を抱く人もいる。

【 そして戦争の別の側面を知った 】
・すでに述べたが私は会社を創業して3年目に病に倒れ、以降出社不能となった。幸い郊外の自宅で仕事は続けたが、あり余る時間を図書館で過ごした。そこで私は第二次大戦に参加した有名無名の兵士たちが残した戦記を読んだ。その数、およそ200冊…。そして戦争の別の側面を知った。日米は海に山に空に戦ったが、それは武器の質量の戦いであり、それを操る兵士の錬度の戦いであった。戦争が近づくと両国ともに数百万人の若者を召集し、数年で一人前の戦士に育て上げる教育の大戦争でもあった。

・戦記には新兵教育の驚く効果が生々しく述べられていた。教育は知識教育ではなく、実技を体得させる訓練であった。同時にそこで行われたすさまじい新兵しごきも…。戦後、戦争と旧軍隊は全面的に否定された。同時に教育の驚く効果もいつしか忘れられた。

【 第一回『 極限の訓練 』を開校した 】
・当時、私はしだいに増えてきた部下にいくつかの問題を感じていた。たとえば彼らから適切なタイミングの報告がなかった。電話はだらだら長く、説明は要領を得なかった。この社員たちに、私は200冊の本が教えてくれた教育を試してみる事にした。それは挨拶から始まり相槌の打ち方から始まった。いつか仕事よりも教育を優先させていた。必要に応じて様々な訓練が考案された。それが今の養成学校の訓練の原型になっていった。

・当時、当社はビジネスマン向けカセット教材の制作販売だけだったが、昭和54年6月、第一回『 極限の訓練 』を千葉県館山市で開校した。この時の訓練生は5名であったが、我々は念願の第二の商品を得たのだった。(この項、続く)

第246回 『 ご質問に答えて 』 2

  • 2007/11/20(火) 15:00:00

【 財部氏が姿を見せない理由 】
・財部一朗は昭和45年、地下鉄浜松町駅のホームで過労により昏倒…。そのまま救急車で入院。幸い翌日退院するも奇病を得て (最近、広場症候群の名が付く) 出社不能。やむなく自宅勤務となる。この時財部33歳、社員10名 創業3年の小企業の社長であった。
・それは150万円の資本金と、おでん屋を営んでいた母親から借りた200万円で始めた出来たばかりの小会社で、商品は僅か一品、強力なバックや安定した取引先などなく、いつつぶれてもおかしくない状況でした。

・自宅勤務はその後、実に18年続いた。広場症候群とは地下鉄、デパート、人混み、要するに都心がタブーです。ここで発作が起こると大量の汗をかき、木造の旅館に逃げ込み、蒲団に倒れこみます。この間、死ぬのではという恐怖と闘います。

【 会社は幸い生き延び、養成学校を世に送った 】
・やむなく出社を諦め、部下を呼んで郊外の自宅で仕事をやりました。後に自宅近くに民家を借り、ここで部下と仕事をしました。会社に出ないので雑務が自然にカットされ、研究に専念できたのでマイナスばかりではありませんでした。その後ファックスが開発され、仕事は多いに助かりました。
・この間会社は幸い生き延びただけでなく、倒れて9年後には養成学校を世に送り、会社も学校と伴に成長した。
・倒れて18年後病も癒えて私は出社した。しかし4年後の平成3年、バブル崩壊の大不況により事務所を縮小した。この時、財部はデスクを同僚に譲って再び自宅勤務となる。14年間、自宅勤務を続けていた。2年前事務所は拡張したが、高齢によりそのまま自宅を続ける…。つまり、自宅勤務は34年だった。

・以上のように病身により財部は内の仕事、外の仕事は元橋という役割分担となりました。

【 財部氏のメルマガはより平易に解かりやすくして欲しい 】
・メルマガにはテーマにより固いテーマと身近なテーマがあります。固いテーマとしては『指導者への道』『意思決定と役員会』等。身近なテーマは『糖尿病の玄関口』 『理想の食事』等があります。身近なテーマは分かりやすいが、固いテーマは分かり難いという批判が社内にもあります。酒井様のご指摘をそのように解釈してよろしいでしょうか。

・固いテーマが分かりにくい理由は二つあります。メルマガのテーマは私の持論を述べるのではなく、最近のマネージメントでの発見、または気がついた事をテーマとしています。従ってその表現がこなれが悪く、理解しにくいということもあると存じます。今後なるべく分かりやすい表現を心掛けて参ります。
・固いテーマが分かり難い理由の第二はテーマそのものが難しい場合、一度読んだだけでは頭に入り難い事です。特にデータ分析など読まれる方に馴染のないテーマですと、理解するには二度三度お読み頂くこともお願い致します。(この項、終了)

第245回 『 ご質問に答えて 』 1

  • 2007/11/09(金) 15:00:00

愛知県のユーザーのお一人がこの程学校に入校され、いくつかのご質問を頂き私のご回答を差し上げました。その中より皆さんにも興味ありと思われる項目をその方のご同意を得て掲載します。

【 合格点は100点満点に改正して欲しい。あるいは10点満点に 】
  イ.100点とは普通、客観的に「完璧」なものをさし60点をもって合格と
    するようです。「指導力10則」又は基礎コースの「10ヵ条」の暗記は
    客観審査なので90点満点で行っています。
  ロ.ところが当校は知識教育でなく、『話す』『聞く』『考える』等の
    基本能力を伸ばす訓練を主に行っています。この基本能力の育成は
    重い課題であり、70点、80点に力量を伸ばす事は不可能であり、心る
    る人々の『生涯のテーマ』でもあります。
   ・30代の人の話す能力が現在30点とすれば、あらゆる教育技法を駆使
    して、9日間〜13日間の短期間で能力を15点でも20点でも伸ばす。こ
    れが当校の目的です。
   ・能力の伸びが+30点とか+40点にはなりません。従って、合格点は40
    点、50点の低い基準としています。
   ・これら低得点を60点、70点と査定を甘くすると訓練生のはげみにな
    りますが、事実に遠く、いずれ学校への不信となりましょう。以上の
    ような理由で審査を60点合格で行なっておりません。


【 指導力開発訓練のみなぜ夜間行進訓練がないのか 】
  イ.15年位前までは、「40K」を行っていました。
  ロ.ところが、講師や営業部門から9日間という短か目のコースに「40
    K」は比重が大きくなり、他コースより平均年齢も高いので研修生に
    は負担が大きい。
  ハ.それよりも「注意する」「説得する」等の実践的内容を充実するべ
    きとの意見が寄せられ廃止にしました。
  ニ.しかし上級訓練と同じく、10km夜間行進を検討いたします。


【 元橋氏は当社へも訪問。フレンドリーかつ紳士そのものです。財部氏は姿をあまり見せないのは何か訳があるのでしょうか 】
  イ.財部一朗は、代表取締役会長として主として当社の経営を担当して
    ます。また主席研究員を兼任し日本で唯一人の専門家として訓練、
    セミナーコース開発を担当しています。これに関連して講師の指導
    技法の開発、改善を担当。
  ロ.彼が当社の経営を担当していた事は生きた『 経営 』を研究する絶
    好の機会となりました。しかもその期間40年に及ぶ…。彼は当社の
    経営研究からおよそ 200のデータを作成します。その一つ一つは見
    えにくいものを見えるようにしてくれました。この『データ革命』
    により "科学的経営"技法を確立し、後継者養成コースに結実しまし
    た。

  ハ.元橋康雄は、代表取締役社長、兼養成学校校長です。また営業本
    部長を兼任しています。
   ・彼は学校を代表し管理者 (ビジネスマン) の教育の意義目的、学校
    の研修技法の画期性とその驚く効果を、大小の講演を通して経営ト
    ップに広く紹介しております。
   ・ビジネスマンの教育という内容、技法ともに専門性が高く、企業
    の大小を問わず手のつかないテーマを、分かりやすく説明する校
    長の講演は大変好評です。
   ・たとえば昨年一年間の校長講演は年間79回に及んでおります。
                          (この項、続く)

第244回 『 考える技術の小さな事例 』

  • 2007/11/01(木) 15:00:00

【彼を動かしたのは私のメルマガでない】
・私のメルマガの愛読者のもう一人は30代前半の若い管理者で時々賛辞を頂いている。その彼がある日、自分は休肝日を作って節酒をしている旨を告げた。『ほう、やっぱり週に1回とか?』『いえ、週に4日ぐらい』『えっ!そこまでやるの?』『ええ、最近体重が増えてきましたから』と、その理由を説明した。私にはとうていまねはできない。『なるほどねェ』それでも私のメルマガが3人目の節酒をもたらした事を、物書きとして素直に喜こんでいた。

・それから何日かしてその彼から電話が入った。『実は私、この度結婚致しまして…』『え〜ッ、…私が知っている人なの?』すると彼は社内の一人の女性の名をあげた。社内きっての別嬪さんであった。とりあえず祝福して電話を切ったが、そういう事なら私だって4日の休肝日はやれるなと思った。

・すると、まもなく彼を4日の休肝へ動かした真の動機に気がついた。何と彼を動かしたのは私のメルマガではなかった。幾分か影響したかもしれないが、動機は主として奥さんにあった。彼はスリムな身体を奥さんには見せたかったのだ…。

【今になって考えの間違いに気が付いた】
・それにしても彼はなぜ休肝日の事を私に話したのだろう。私の文章によって休肝できたと、トップを喜ばしてゴマを擂る…。しかし、彼はたしかに「メルマガのおかげで」とは言ってなかった…。『ハハア、言ってはいないが上手に仄めかしてゴマを擂った。それをウカウカと私の文章力と信じてしまった。』

・私は以上のように思っていたが、この文章を書いている今になって、考えの間違に気が付いた。彼はただ事実を告げたかったのだ。休肝は彼にとってビッグニュースであり、私に伝えたい事だった。そして伝えた。ただしその動機を私に話すことは、彼には難しい事だったに違いない。…いや誰にとっても。

【真相が明らかになってどんな役に立つんだ】
・以上は考える技術の一事例である。小さなエピソードだが、この技術を使って断片を見ていけば物事の真相が明らかになる。ところで『こんな小さな事の真相が明らかに出来たって、それが経営にどんな役に立つんだ』…ですって。いえ、物事は『常に見え難く』なっている。些事であっても物事の真相を明らかに出来なくて、どうして職場の問題の本質に迫れよう。本質に迫れなくてどうして問題は解決できよう。こういう技術を身近な事に自由に使える事は、私は経営能力そのものだと思っております…。

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