第238回 『 リーダーたちの憂鬱 』
- 2007/09/04(火) 14:11:26
・ブログ読者の皆さんにご報告すべき第二の出来事は、私の著作 『リーダーたちの憂鬱』(幻冬舎ルネッサンス)が7月7日、出版されたことである。同書は実は新作ではない。平成6年、柏木仙蔵シリーズ 『取引停止』(日経事業出版社)として出版された。同書は次の二つの理由により、あまり売れなかった。一つは、当時はひどい不況にあった。それは良いとして、本のネーミングが悪すぎた。 『取引停止』 営業が電話で書名を告げるとお客は 『えッ』と驚きの声が返ってきた。
・売れなかった第二の理由は、当社の本業そのものが売上低下で火がついていた。このため本の販売どころではなかったのだ。こうして本書はいつの間にか忘れられていた。
【 書棚から取り出して13年振りに読んだ 】
・今年1月、私の手書きの原稿をパソコンで清書している女性社員が、何かの理由で同書を読んだ。 『どうだった?』 私が感想を聞くと 『大変面白かったです。とても勉強になりました』 と答えた。この言葉が頭にあって、ある日私は書棚から同書を取り出して、13年振りに読んでみた。そして、…意外な体験をした。
・そもそも私にとって、同書はどのような本だったか。それは一種の推理小説であり、対話劇でもある。あるいは考える技術の具体例でもある。どちらかと言えば知的、論理的物語である。対話劇には理由があって、当社は平成5年、管理者研修ビデオ教材、柏木仙蔵シリーズ 『リーダーの責任と責任感』(シナリオ・財部一朗、主演・大和田伸也、全3巻・計2時間5分)を出版していた。つまり同書はビデオを小説化したものであり、対話劇の由縁である。
【 知的物語が感情に訴える物語に変質 】
・意外な体験、である。本を読んでいて、涙が流れ止まらなくなった。そういう箇所が7、8ヵ所あったのだ。13年前、涙が流れた記憶は全くない。これはどうした事だろう。年を取って、涙もろくなったのか。否、涙もろさは昔からだ。読み終え、私はこの本を再び出版してみようと思った。なるべく多くの人に読んで貰いたい。そう思い、それが7月7日、書店に並んだ。出版社からは、本の名を変えたいと言ってきた。私も賛成した。出版社からは 『リーダーの憂鬱』 という題名が来た。私はこれに『たち』を入れてもらった。4人の課長と専務、常務の物語りだったから。
・なぜだろう?知的物語のはずが感情に訴える物語に変質していた…。随所に筆を入れたが、大筋には手を付けていない。
・とにかく新宿丸善、紀伊國屋書店新宿本店、ジュンク堂書店池袋本店に私の本が平積みされている風景を初めて見た。それから、7月24日の創立40周年では、初めてサイン会を行った。悪筆であり、地紙が濃紺の為、白いマーカーでサインを行った。途中から手がブルブル震えて困った。『様』 という漢字は『さま』に変えた。苦行であった。
・本は大型書店にはあるはずです。一冊1,470円(税込)です。もしお読みでなかったら、どうぞお買い求め下さいますよう。そして、知的物語か感情に訴える物語か、ご判断下さいますよう。(この項、終了)
第237回 『 創立40周年 』
- 2007/09/04(火) 13:47:38
・先月7月には私にとって記念すべき行事が2件あった。当然、ブログをお読みの皆様には真先に報告すべきだったし、そのように考えていた。ところが「理想の食事」が思いがけず長くなり、2ヵ月を要してしまった。この為、大事な2件は事後の報告となってしまいました。全く、2件共、日程は半年前に決まっていたというのに。この計画性のなさ!…ご容赦下さい。
・当社、株式会社社員教育研究所がこの春、創立40周年を迎えました。これは皆様の変わらぬご支援の賜であり、心より御礼を申し上げます。
【 死ぬ事なく生き続ける 】
・会社には当然目的があり、その目的の第一は死ぬ事なく生き続ける事であろう。それもできるだけ長く。40年間、それは私の感覚では 「アッという間」の事であった。だが冷静に考えれば当社のような独立系の小さな会社が、死ぬ事なく生き続けた期間としては「長い」とするべきだろう。
・東証一部上場の株式会社ソニーは、世界中に知名度の高い名門企業である。ソニーと当社とは比較にならない目のくらむような隔たりがあるが、ソニーの創業は昭和21年、創立61年である。つまり創業年度に限っていえば、その差はたった20年にすぎない。このことには二つの教訓が読みとれる。
・一つは、ソニーは大企業として60年間堂々と生き続けてきた。当社は中小企業の名に恥じず、あちこちに頭をぶつけながら、辛うじて生き延びてきた。ソニーはむろん立派だが、当社にもそれなりの勲章が与えられて良いかもしれない。
・教訓の第二は少し辛い。すなわちソニーは60年間目のくらむような発展を遂げたのに対し、お前は一体何をしていたのかという批判だ。 『本当に…。俺は一体何をしていたんだろう?』 追い打ちの言葉は更に続く。 『少なくともお前はこれから20年間に、目のくらむような発展ができるか』
・上の問いに対する答えは残念ながらノーである。いいさ、小粒でもピリリと辛い会社に仕上げるさ。いずれにせよ、以上2点が 『40周年』 という節目に対する私の総括である。
・その 「創業40周年」 を記念して東京目白の椿山荘で、アイリスオーヤマ株式会社の大山健太郎社長による記念講演と、引き続き記念パーティが催された。大山社長はお父上の死により、19歳で社長に就任、年上の部下ばかりで苦労されたこと。会社では早い時期から大型コンピュータを使っていたなど、その成功が偶然でないことをうかがわせた。
・パーティでの挨拶は社長にお委せした。この判断は正解だったようだ。式は、壇上に6人の役員が並び、式典歌の序奏と共に歌手・三鷹淳さんの独唱から始まった。
声しどろにもつれ 身は鉛となりて 倒れてもなお進む 力のかぎり
動かざる足棄てて いざりてゆかば 美しき御山富士 雄々しき御姿
たたかいおえて勇者 帰りゆく
・いつ聞いてもいい曲だな。歌手もいい。詩も…。(フフフ) 次に参加者全員による校歌斉唱、そして社長挨拶…。次に司会者によるインタビューを私は受けた。
・『40周年のご感想をどうぞ』 『小さな小さな仕事を、ひとつひとつ 丁寧に仕上げて参りました。そして40年、それらが今、このように大きな花を咲かしてくれました。今、私は最高に倖せです。皆さん、本当に有難うございましたッ!!』 一見、恰好いい挨拶のようで、私もそのように決めるつもりだった。しかし、私は実は350人のお客さまを前に醜態を晒していた。涙声で、ようやく最後の言葉にたどりついた…。
・それにしても当社のパーティは、常に凄く盛り上がる。軍歌は若い人や女性に嫌われる。かといって演歌は古い。その点、訓練歌は人々の日頃の鬱憤を晴らすかの如く、350人が替わる替わる舞台に登り、心を込めて歌い続けた。(この項、終了)
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