第216回 『 未来を予測する 』 3
- 2007/01/09(火) 15:00:00
・日本は第二次大戦で連合軍と4年間戦い、250万の戦死者を出して敗れた。残されたものは焦土と化した国土であった。これが第一の災難、敗戦後には第二の災難が襲う。食料を中心とする極端な物資の不足と、すさまじいインフレ…。二つは連続して起こった性質の異なる災難だが、コインの裏表のように一体のものである。
・日本に起きたこのインフレの規模と期間はどのようなものだったのか。先に述べたが昭和10年を基準にすると敗戦の昭和20年は、物価は3.5倍に値上がりした。10年で3.5倍はたいした数値だがハイパーの名には値しない。この3.5倍が昭和24年には208倍に値上がりした。昭和20年がハイパーインフレの始まりであり、昭和24年には208倍でなく60倍になる。そして日本のインフレはアメリカ大統領の特使ジョゼフ・ドッジによってこの年、急速に収束され、ほぼ4年という短期で終わった。
【 60倍の可愛いインフレの厳しさ 】
・第一次世界大戦後ドイツを襲った超ハイパーインフレに比べれば、日本のそれは小規模だ。1918年、戦に敗れてドイツは降伏する。以来5年、敗戦の疲弊に加え戦勝国への多額の賠償金は、現在に換算すると113兆4000億円の巨額にのぼり、激しいインフレに見舞われる。それは1923年に激しさを増し1924年に終わるが、卸売物価は1兆2600億倍にも達し国民生活を破壊した。
・一兆億倍に比べれば日本の60倍のインフレは可愛らしいようだが、その厳しさは可愛くない。平成19年冬、あるサラリーマン一家4人にハイパーインフレが襲うとする。彼の月給、手取り40万円は年々購買力を減じ、4年たつと一ヵ月6700円しか物が買えない。つまり命に必要な食料品の10分の1しか買えないのだ…。
・インフレは幸い給料を上げてくれる。しかし、実質賃金を下げない60倍も上がる人は滅多にいない。失業者が増える中、普通の人はせいぜい5倍、200万円位であろう。その時、彼の購買力は33,000円、必要な食料は半分は買えるから奥さんが働きに出れば、辛うじて生きていけるかもしれない。
【 焼野原に掘立小屋がいくつも立った 】
・将来のマイフォームの為に、彼には1000万円の資産があったとする。このうち500万円は銀行預金に、500万円は個人向け国債を購入していた、…とする。国債500万円は期限が来なければ支払われないから、価値は8万3000円にしかならない。安全確実だからと証券会社に薦められたのだが…。銀行預金は国債より役に立つ。急速に生活が悪化していく中で4年間、50万円くらいの購買力で生活を支えてくれるだろう。
・ハイパーインフレの下では、人は食物を除くすべての支出を停止する。衣も住も。60年前、私たちはそのようにした。一面の焼野原に掘立小屋がいくつも立った。21世紀の彼に衣類は十分にある。問題は住である。アパート、借家には家賃を支払う。家賃はインフレだから値上がりする。ドンドン上がるかもしれない。すると食を危うくする。
・以上が日本のハイパーインフレの可愛い実態である。こんな生活に今の日本人はほんとうに耐えられるか。60年前の我々はそれに耐えた。問題はどうして耐えられたか、である。
・当時、戦争は4年続いた。耐乏生活もそれだけ続いた。夜には空襲におびえ、政府の統制は厳しかった。…そして終戦。生活基盤は壊れ、資産を失った。失ったのは皆、同じだった。人々はそれぞれに物語を持ち、戦前と戦中と現在の身の転変を語り合った。激しいインフレと生きる為の闘いが始まった。人々は解放されていた。自由と平等と未来を感じ取っていた。我々は我慢強く耐えたのでなく、解放の中に耐えたのだった。(この項続く)
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