第218回 『 未来を予測する 』 5

  • 2007/01/30(火) 15:00:00

・人は誰にも想像力があり、この力を使って生活している。人は見たり聞いたり触れたり味わったりするが、それらはすべて情報として処理される。大多数は価値なしとして捨てられるが、一部は記憶として残される。また、情報は人の想像力を刺激する。そしてある情報は人を行動にかり立てることがある。

【 スカートの短さは高校生の女心 】
・最近、テレビを見ていたら、滋賀県で痴漢が年々増え、盗撮が横行しているという。原因はインターネットで滋賀の女子高生のスカートが過激…という情報が流れ、中には関西から通う者もいるという。滋賀県警は「異例ながら高等学校に警告をする」としている。
・この報道を見て私の感想は次のようなものだ。「どこの男子高か知らないけど、体裁の悪い話しだネ。それにしても女子高生のスカートは、なぜあんなに短いのだろう。短いデザインを採用する学校にも問題があるナ…」
・私の単純な想像力はたちまち蹴散らかされる。映像が流れ、女子高生がスカートの上端を四つ折ってスカートの内側に入れる。するとスカートは過激な短かさになる。女子高生は更に五つ折り曲げる、すると超過激に。何とスカートのあの短かさは高校生たちの女心だったのだ。

・ところで、くだんの体裁の悪い男子高はどうなったか?実は滋賀県警の警告は男子高に向けられたのではなかった。それはスカートを短かくしているあの女子高校に発せられたものだった。それにしても私の貧困な想像力。そしてネット情報で滋賀県に駆けつける、関西のオジサン方の想像力と行動力。

【 想像力は時に大きな発見をする。 】
・人は自分が良く知る内なる世界と、自分の知らない外側の世界を出たり入ったりして生活する。男は女を良く知らないし、営業は製造を知らないし、若者は高齢者を知らない。そして知らない外側についても判断を求められ、分らないことは想像力によって選択をせねばならぬ。そして想像力の質の良否によって、生活の質が上下する。
・この想像力は時に大きな発見をしてくれる。その例を一つ…。

ある秋の日の夕方、ニュートンは草原に仰向けになって空を見上げている。青い空には月が白く浮かんでいる。「不思議だ…」あの月は何故、地上に落ちてこないのか。月はその理由を一向に語ってくれない。ニュートンのかたわらにはリンゴの木が生えていて、枝にはリンゴが赤く色づいている。その時、リンゴの一つが偶然、草原に落ちた。ニュートンの視線は草原に転がるリンゴに注がれる。彼はリンゴについて考える。「このリンゴは何故落ちたのか」
・やがて視線は木の枝のリンゴに向けられる。彼は問いを変える。「このリンゴが落ちないようにするには、どうすればいいか」あのポプラの木の頂に持っていったら…。駄目だ。では、あの空を流れる白い雲のあたりでは。雨はそこから落ちてくる。ニュートンは更にリンゴの位置を高くし、ついに月の横に並べてみる。すると…、リンゴは落ちないように感じられる。そうか、あの白い雲と大地の間には落ちるという力関係が存在する。月と大地の間にはこの力関係が消滅するんだ…。

・アイザック・ニュートンがどのような経緯で万有引力を発見したか、私は知らない。つまり上の文章は私の想像である。言われるように、リンゴが木から落ちるのを見て万有引力を発見したとするのは飛躍しすぎる。上記のように想定すれば想像が論理的になる。(この項続く)

第217回 『 未来を予測する 』 4

  • 2007/01/23(火) 15:00:00

・第二次大戦後の日本を襲ったハイパーインフレは、61年前の事であった。第一次大戦後のドイツを襲った1兆億倍の超ハイパーインフレは、実に83年前である。私は日本のインフレにはまともに巻き込まれ、ドイツのインフレについても度々話を聞いていた。人々は乳母車に金を積んで、買い物に出かけたと…。二つの恐慌は十分に威力を示したが、いずれも遠い昔の事である。恐慌は再び起こるかもしれないが、心配する人も備える人もほとんどいない。60年間無かったのだから…。あたかも絶滅した天然痘のように感じられる。

【 国境を接する国の実情 】
・あれは10年前頃だったであろうか。ロシアのテレビ局が行倒れの男が放置されているモスクワの街を放映したと新聞が報じた。行倒れが日常化しているのだ。あの北朝鮮にもこんな映像は流されないのに…。また別の新聞ではロシアの女の子は、大人になったら売春婦にという子が多いと報じていた。アメリカとの軍拡競争に敗れ、ソ連が崩壊し、ロシアが悲惨な状況にあることは知っていた。文化も芸術でも先進国のロシアが、なぜこんな悲惨な目にあうのかというモスクワ市民の嘆きを記憶している。にもかかわらず、当時私は国境を接する国で何が起こっていたかを知らなかった。
・7、8年前、アルゼンチンで市民が暴徒となり、集団での銀行襲撃が相次ぐと報道された。原因は銀行が預金口座を閉鎖したためとテレビは報じていた。ずい分激しい国民性だぐらいの感想は持ったが、この時もブエノスアイレスで何が起こっているかを知らなかった。
・そして多分5年前頃、あの二つの報道の背景を知った。それが実にハイパーインフレだったのだ。トップとしては迂闊な話であった。

【 ロシア、アルゼンチン、トルコ 】
・ソ連はアメリカとの軍拡競争に敗れ財政が悪化し、国家が崩壊した。それは社会主義計画経済が自由主義市場経済に敗れたのだ。この結果ロシアには経済の基盤が消滅してしまう。その故であろうか、データによるとロシアは崩壊後2年目の1991年、エリツィン政権下にハイパーインフレに襲われた。日本は4年で物価は60倍になったが、ロシアは1年で70倍というから凄い。ドイツは2年で終わったがロシアは4年間続く…。
・1995年インフレはようやく鎮静化したがアジアの経済危機、石油価格の低迷により1997年には再びハイパーインフレが発生する。ルーブル、債券、株式に売りが殺到した。銀行が苦境に追い込まれ、政府は銀行の対外債務の支払いを3ヵ月停止する。そのロシア政府も債務不履行(デフォルト)となる。そしてついにはルーブルを1000分の1に大幅切り下げ、銀行預金を封鎖し、ついに預金の没収にまで進んだ。しかし99年、石油価格の高騰により経済は好転、インフレも年20%まで下がり、危機を脱した。
・アルゼンチンのインフレは1988年に始まり、1999年に終わる。物価は年間40%上昇し、最悪期、年間4900%の上昇をみた。ハイパーインフレは一度収まるが2002年、再び物価上昇が始まる。
・インフレはロシアは7年前、アルゼンチンは18年間、そして今も続く。この二カ国だけでなく、1995年トルコにも発生していた。つい最近まで続いていた。それは遠い昔の出来事でなく、今身近にあることなのだ。

・一国の経済が破綻することは恐慌である。恐慌には物価が短期で激しく上昇するハイパーインフレが起こることがある。また反対に物価が下落を続けるデフレのこともある。デフレの下では景気は後退し企業の倒産は続出し、また、失業が増大する。1929年のアメリカの大恐慌はデフレであった。株式は大暴落しついに、7分の1になる。工業生産は3分の1以上低下し失業率は25%にのぼった。
・ハイパーインフレの場合は金を物に変えておくべきであり、デフレが予想される場合はできるだけ現金で持つべきである。上の例で言えば株式は7分の1で買えるのだ。そして予測は想像力から始まる…。(この項続く)

第216回 『 未来を予測する 』 3

  • 2007/01/09(火) 15:00:00

・日本は第二次大戦で連合軍と4年間戦い、250万の戦死者を出して敗れた。残されたものは焦土と化した国土であった。これが第一の災難、敗戦後には第二の災難が襲う。食料を中心とする極端な物資の不足と、すさまじいインフレ…。二つは連続して起こった性質の異なる災難だが、コインの裏表のように一体のものである。

・日本に起きたこのインフレの規模と期間はどのようなものだったのか。先に述べたが昭和10年を基準にすると敗戦の昭和20年は、物価は3.5倍に値上がりした。10年で3.5倍はたいした数値だがハイパーの名には値しない。この3.5倍が昭和24年には208倍に値上がりした。昭和20年がハイパーインフレの始まりであり、昭和24年には208倍でなく60倍になる。そして日本のインフレはアメリカ大統領の特使ジョゼフ・ドッジによってこの年、急速に収束され、ほぼ4年という短期で終わった。

【 60倍の可愛いインフレの厳しさ 】
・第一次世界大戦後ドイツを襲った超ハイパーインフレに比べれば、日本のそれは小規模だ。1918年、戦に敗れてドイツは降伏する。以来5年、敗戦の疲弊に加え戦勝国への多額の賠償金は、現在に換算すると113兆4000億円の巨額にのぼり、激しいインフレに見舞われる。それは1923年に激しさを増し1924年に終わるが、卸売物価は1兆2600億倍にも達し国民生活を破壊した。
・一兆億倍に比べれば日本の60倍のインフレは可愛らしいようだが、その厳しさは可愛くない。平成19年冬、あるサラリーマン一家4人にハイパーインフレが襲うとする。彼の月給、手取り40万円は年々購買力を減じ、4年たつと一ヵ月6700円しか物が買えない。つまり命に必要な食料品の10分の1しか買えないのだ…。

・インフレは幸い給料を上げてくれる。しかし、実質賃金を下げない60倍も上がる人は滅多にいない。失業者が増える中、普通の人はせいぜい5倍、200万円位であろう。その時、彼の購買力は33,000円、必要な食料は半分は買えるから奥さんが働きに出れば、辛うじて生きていけるかもしれない。

【 焼野原に掘立小屋がいくつも立った 】
・将来のマイフォームの為に、彼には1000万円の資産があったとする。このうち500万円は銀行預金に、500万円は個人向け国債を購入していた、…とする。国債500万円は期限が来なければ支払われないから、価値は8万3000円にしかならない。安全確実だからと証券会社に薦められたのだが…。銀行預金は国債より役に立つ。急速に生活が悪化していく中で4年間、50万円くらいの購買力で生活を支えてくれるだろう。
・ハイパーインフレの下では、人は食物を除くすべての支出を停止する。衣も住も。60年前、私たちはそのようにした。一面の焼野原に掘立小屋がいくつも立った。21世紀の彼に衣類は十分にある。問題は住である。アパート、借家には家賃を支払う。家賃はインフレだから値上がりする。ドンドン上がるかもしれない。すると食を危うくする。

・以上が日本のハイパーインフレの可愛い実態である。こんな生活に今の日本人はほんとうに耐えられるか。60年前の我々はそれに耐えた。問題はどうして耐えられたか、である。
・当時、戦争は4年続いた。耐乏生活もそれだけ続いた。夜には空襲におびえ、政府の統制は厳しかった。…そして終戦。生活基盤は壊れ、資産を失った。失ったのは皆、同じだった。人々はそれぞれに物語を持ち、戦前と戦中と現在の身の転変を語り合った。激しいインフレと生きる為の闘いが始まった。人々は解放されていた。自由と平等と未来を感じ取っていた。我々は我慢強く耐えたのでなく、解放の中に耐えたのだった。(この項続く)

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