第215回 『 未来を予測する 』 2
- 2006/12/26(火) 15:00:00
【 農耕民族の村の掟と災害 】
・第二次大戦のさ中、この戦争がどうなるのか真剣に予測した日本人はほとんどいなかった。未来を予測する習慣が当時の日本人にはなかったからだ。四季折々、いつ田植えをし、稲を刈るかは一部の長老が考えて決定する。そして人々はそれに従う。農耕民族の村の掟では人と違う事を考え、違う行動をすることは強いタブーである。
・日本人が未来予測を苦手とする原因はこればかりではない。まず、日本は欧米と違って火山国であり、活火山は稀にだが噴火する。地震が多く、大損害をもたらしている。地震のあとには津波がある。夏から秋には必ず台風が来るし、たいてい大雨を降らす。すると山が崩れ、河川が氾濫する。都市では時々大火が起こる。一度これらの災害が起これば人は手も足も出ない。人々は逃げまどい、または家の中で息をひそめて災害の通り過ぎるのを待つのみである。そして後には数百数千の人命が失われる。
【 日本人の思考パターン 】
・以上に並べた災害は日本人には身近なものだが、欧米には無いか少ない。日本の専売みたいなもので、しかもたいてい予測不能である。予測できないから有効な対策が取れない。災害は突然起こり、人々は身をひそめて過ぎ去るのを待つしかない。
・このうち予測が出来るようになったのは台風と大雨である。ただし有効な対策はない。また克服したのは都市の大火である。ビルが増え、防火住宅が増えた。地震については耐震住宅は普及を始めたが、克服するには半世紀はかかるだろう。
・災害はそれを見定めたり、真剣に考えようという人はいない。戦争は同じような災害だから、天災に対するのと同じ思考パターンを取る。すなわち終わるのを待つ。勝つのか負けるのか。いつどのように終わるのか、誰も真剣に考えない…。
【 遊牧民族の思考パターン 】
・欧米には災害は無いか少ないので、日本的思考パターンに縁がない。また欧米は狩猟、遊牧民族なので集団で行動する事は命取りになる。皆が東を目指せば、限られた牧草は食べ尽くされる。
・彼らは変化の中で生活しており、更に目指す地に牧草があるかないかは重大な関心事であり、未来の予測は彼らの習性でもある。欧米の災害とは戦争とハイパーインフレである。第二次大戦で同じ敗戦国となったドイツやイタリアで、人々は戦争について予測し、何らかの行動を取ったのであろうか。
・第二次大戦の日本では一般市民が戦に巻き込まれ、空襲により家を焼かれた人が少なくなかった。焼失を免れた人たちも敗戦後の極端な食糧不足とインフレにより、その資産は次々に食料に変えられた。特にハイパーインフレは日本国民をことごとく裸にした。
・最もこのインフレに潤う人も一部にはいた。たとえば都市近郊の農家…、それもあるが大した事はない。インフレで潤う人は何といっても金を借りている人である。ただし敗戦当時の日本にはローン制度が無かったので、庶民の借金は微々たるものであろう。当時にも借金王はいた。何とそれは日本国政府、戦争を継続する為の戦時国債は巨額だったし、敗戦処理の為の兵士や同胞の引揚げ等膨大な国債を発行していた。まともな方法ではとうてい払い切れない大借金が、ハイパーインフレにより100分の1、1000分の1に価値を減じ、政府はやすやすと返済することが出来た。
・天災の被害は局地的だが、ハイパーインフレの被害は全市民に及ぶ。あれから60年間がたったがあのような事はもはや起こりえない事であろうか。それともハイパーインフレは既にそこまで近づいているのであろうか。
・本文をもって今年最後のメールマガジンとなりました。一年間、ご愛読頂きまして感謝致します。どうぞ皆様、良いお年をお迎え下さい。(この項続く)
第214回 『 未来を予測する 』
- 2006/12/12(火) 15:00:00
・あれは私が小学校6年、昭和23年頃だったであろうか(実際は昭和21年2月)、日本政府はそれまで流通していた円の、新円への切り替えを決定した。新円への切り替えとともに旧円はある日を境に流通停止となり紙屑と化す。これに先立ち、庶民は手持ちの5円札以上の現金を銀行に預けるように求められた。そして新円が発行されるまでの数ヵ月または数年間(実際は同年10月末まで)は、預金から生活費のみの引き出しを認められ、その分の旧紙幣に証紙を貼ったものだけが通用した。この証紙貼りが私の仕事だった。
【 タンス預金が紙屑に化した 】
・この新円切り替えで思いもよらぬ悲劇が起こった。新円切り替えやこのシステムを知らない資産家がいたのだ。そして彼らの内の何人かは旧円をタンス預金にしていた。そしてある日、この大事なお宝が紙屑に化している事に気がつく…。この報道に多くの人は嗤った。しかし彼らも、まもなく大事なお宝を紙屑にしてしまう。
・円という呼称が変わらない旧円を、なぜ一気に流通停止にしたのだろうか。ともかく人々は政府を信じ、その指示に従った。手許の現金はすべて銀行に預金し、毎月生活費分を引き出せるが、それ以外の預金は封鎖された。
・こうして預けられた現金はついに手許に戻らなかった。正確には10ヵ月後に全額戻ったが、その価値は大きく減っていた。ご承知のように昭和20年には35円で買えたものが、昭和24年には2080円に高騰している。その差は5年で60分の1だが、10ヵ月の間に銀行預金は、多分10分の1に価値を減じたに違いない。人々はハイパーインフレと新円切り替えで、気がついたらまる裸にされていたのだ。
【 日本が勝つか負けるか考えた人はいなかった 】
・第二次大戦は昭和16年に始まり、昭和20年に敗戦を迎えた。戦争は緊張と高揚した気分と民族の一体感を高め、大部分の国民は敗戦の間際までその気分を持続した。事実、新聞やラジオ、ニュース映画も連日、連戦連勝を報じていた。このような中、当時の日本人は戦争の勝敗について、如何なる考えを持っていたか。多分、日本が勝つか負けるかを真剣に考えたり、信頼できる人と意見を交わした人は多くはいなかったのではないか。
・戦時下における言論の統制はきつく、人と意見を交わせる環境はなかった。敗戦など危険思想であり、口に出せる事ではなかった。こうして多くの日本人は人と意見を交わすことなく、ついには戦争の勝敗についてまともに考える事なく過ごしたであろう。
・日本が負けてアメリカ軍に占領されるという事、その時、日本にいかなる混乱が起こるか。庶民の予測はせいぜい、そうなれば男は強制労働にされ、女は強姦されるだろうというものだった。この二つをしたのはアメリカ軍ではなく、旧満州でソ連軍であった。アメリカの兵隊はジープに乗って子供達にチョコレートとガムを与え、女性には強姦ではなく金を支払った。
・まして敗戦とその時期の予測、そこで起こる経済の混乱と自分の運命は…。また日本の社会はどのように変貌していくのか。そして今、自分に出来る事、しておくべきは何か…。こういう事をきちんと考えている人は、そうでない人とは違う未来を迎えることができる。
【 敗戦が予測できても混乱の中で何の役に立つか 】
・日本の敗戦が仮に予測できたとしても、戦争という混乱の中それが何の役に立ったかである…。政府は戦争を遂行するため巨額の国債を発行し、国民はそれを買ったのだった。戦争に負けそうだと予測されるなら、その国が発行する国債を買う人はいない。敗戦に伴う経済の大混乱が考えられれば、現金を物に換える事は出来たはずだ。たとえば値下がりを続けている土地などに。
・日本人が第二次大戦で未来や変化を予測しなかったのは、言論統制でも考える事を苦手としたからでもない。単に未来を予測する習慣が当時の日本人にはなかったからだ。農耕民族の村という共同体では、人と異なる行動をする事はタブーに近い。それをやれば人に嫌われ、それがうまくいけば村八分にされかねない。四季があって日は朝昇り、戦争であっても今日という日は永遠に続く…、と何となく思い込んでいる。こうして変化を予測する習慣が、日本人には元々なかったのだ。(この項続く)
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