第210回 『 健康を管理する 』 2
- 2006/10/17(火) 15:00:00
・先のドッグでは医師は新顔であった。その彼が、私には意外に思えることを言った。「カロリーの摂り過ぎは食事と飲酒によって起こりますから…」
「えっ」私は不意をつかれた。これまで私は拒食気味で、肥満の心配はしたことがなかった。その私が血糖値や中性脂肪の値がなぜ高いか、原因が分かっていなかったのだ。このことを担当医は何度か言ったのかもしれないが、私の意識には入っていなかった。
・酒を飲んで二日酔いに苦しむことはよくあり、身体に良いはずがなかった。酒を控えよという医師のアドバイスを、私はそのように理解していた。私は過食ではなく酒によってカロリーを摂り過ぎていたのだ。
・医師は注意を続けた。「食事は良く噛んで、時間をかけてゆっくり食べて下さい」「そう、知ってる、知ってる」私は心の中で呟く。良く噛まずに早食いすると、咀嚼力が低下し脳の働きを阻害する。当然、胃に負担がかかる。人は十分に食べたと感じると食事をやめる。この作業は脳で行われ、脳の満腹情報が胃やその他の器官に伝わって食事は終わる。ところが早食いは満腹感を感じる時間を延ばしてしまう。これが過食の原因になる。この事では私には珍妙な経験があった。
・私の専門とする教育では、まず正しいあり方を知識として与える。この知識が行動に移され、習慣化されて教育は成立する。知識、行動、習慣の三段階はそれぞれの難しさを秘めている。
・例えば知識!ここでの天敵は忘れる事だ。せっかくの知識、ノーハウを得ても、それ等は時間が経つと消えていく。これに対抗するにはどうするか。数回、いや数十回は反復しなくてはならない。学校教育はこの手でやれる。ところが10日前後の養成学校の合宿訓練では、この反復という手が数十回など使えない。しかも教える知識が膨大にある。
【 学校が過食の原因となる作法を養成するのは具合が悪い 】
・与える知識を訓練生の体内に長くとどまるようにする、このことが研修開発者の腕である。具体的には知識を与えないで、始めは訓練生に考えてもらう。次に、この知識の重要性や効果の高さを強調する。そして知識が数ヵ月でも数年でも長く覚えられるように工夫する。もし一度与えた知識が、一生忘れられないとしたら…、そういう知識の与え方が私の夢である。ところがある日、この夢が実現したのだ。それが 「時間をかけて、よく噛んで」 の知識についてである。
・管理者養成学校では200人前後の訓練生と講師が、食堂で朝昼晩三食の食事を摂る。学校は分秒刻みのスピード第一だから、訓練生たちは争うように食事をかき込む。その時間7分前後。学校が過食の原因となる作法を養成するのは具合が悪い。6年前のある日、私はこの悪習を変えようと思った。沢山の内容を訓練される人々に、中途半端な指導をしては迷惑をかける。時間をかける。よく噛む。二つの知識を一発で訓練生の意識に定着させ、しかも彼らを動かすには…。一度聞いて一生忘れない、私はそういう夢の伝達法を発見した。
【 食事には時間をかけて20分。…豚は2分だ! 】
・食事には時間をかけて20分、この言葉を眺めていて私は下の句を思いついた。すると、咀嚼は一口、30回…、にもたちまち下の句が出来た。
「食事には時間をかけて20分。…豚は2分だ!」
「咀嚼は一口、30回…。犬は3回!」 財部一朗
・これを食卓の上に立てかけておいたらどうだろう。私はすっかり気に入って全講師に意見を聞いた。すると4、5人より意見が寄せられた。すべてが反対…、中に 「これは懐石料理の作法と思いますが」 というトンチンカンな前置きに続いて、訓練生に非礼であるとする強い反対意見が書かれていた。「分かっているサ」しかし養成学校流のユーモアとして受け入れてくれるのでは、というのが私のひそかな願いだったが…。この文章は諦めた。もちろん二つの知識とその実行は実施したが、今は跡かたもなく講師も忘れているであろう。
・実はあの頃、食事作法の改善に取り組んだ人がもう一人居た。サッカー日本代表のトルシエ監督である。氏の選手の早飯の改善策は、フランス人らしくスマートであった。キャプテンがテーブルを離れるまでは、選手の離席を禁じたのである。氏の改善の動機が何であったか、私は知らない。フランス人らしく、食事のマナーだったかもしれない。あの作戦は多分成功したであろう。トルシエ氏が去り、ジーコ監督になって、あの習慣は伝統として残っているだろうか。
・トルシエ氏が成功して私が失敗した理由は何か。それはトルシエ氏は前線指揮官であり、私は後方の指揮官だったことにある。20名前後の選手の顔ぶれはあまり変わらず、キャプテンの背後には常にトルシエ氏が見えた。養成学校にもキャプテンはいるが、その背後に財部は見えず、しかも約200名の訓練生は半月毎に全員、入れ替わる…。200人の敵意にさらされては、キャプテンは10日ももたないであろう。
・以下は後日談…。私の夢はあえなくついえたが、数ヵ月後あの懐石氏が病気で長期の休みを取っていると聞いた…。その病名を聞いて、不謹慎だが私は思わず大笑いしてしまった。実に、彼は糖尿病という事であった。(この項続く)
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