第205回 『 詩人と音楽家 』 2

  • 2006/08/08(火) 15:00:00

【 詩人と音楽家が創った学校に、しごきやいじめはない 】
・永冨氏が上級訓練に入校したのは平成15年11月であった。また、財部は現在 (平成18年 5月当時) ダニエル・ピンク著、大前研一訳の『ハイ・コンセプト』 ― 新しいことを考え出す人の時代 ― という本を読んでいる。ダニエル・ピンク氏はアメリカの上流中堅層の弁護士、会計士、コンピューター技術者の貧困層への転落が始まっていると衝撃的証言をしている。年収1000万円から140万円へ…。
・あり得ない。なぜそんな事が起こりうるのか。ピンク氏によると彼らの仕事が海外へアウトソーシングされている…。海外の何処へ? 氏の答えは恐怖そのもの…だ。そして万人を黙らせる。インド、中国、フィリピン、ロシア…。ここには年収50万円、100万円で喜んで仕事をする、知的労働者が量産されつつある。大前氏はアメリカ国内では100ドル前後のコンピューターのソフトが弁護士や会計士の仕事を奪いつつあるという。また、ダニエル・ピンク氏は彼らは主に左脳を使って仕事をする人とし、アメリカ社会での彼らの没落を予測し、今後は右脳を使う人の時代になると予想している。
・右脳を使う人…。右脳を使うのは何屋さん? それが、詩人、音楽家、コピーライター、デザイナーだという。…とすると右脳が新しいことを生み出しているんだ。昔も今も…。
・中村俊輔は3年前に右脳の時代の到来と学校の本質を喝破したかの如くだが、これは偶然にすぎない。ピンク説を紹介した理由は、トップが詩人や音楽家であることは別に恥ずかしいことではないと、氏が証言してくれた為だ。そして我々が言いたいことは、学校への偏見と誤解を解きたいということだ。詩人と音楽家が創った学校には、断じてしごきやいじめはない。

【 70年にわたる壮絶なドラマを、ドラッカーの頭脳は掴んでいた 】
・大前研一氏によれば 「Knowledge−Worker 知的労働者」という言葉を作ったのはピーター・ドラッカー氏だという。そのドラッカー氏は第二次大戦で軍隊教育の技法が進歩し、教育戦争が戦われたことを正確に認識していた。財部は最近、それを氏の著作に発見した。(ネクスト・ソサイエティ 240p 訳 上田惇生 2002年刊 ダイヤモンド社)のみならずドラッカー氏はこの技法が、最近、効果的に使われたと証言している。
・1989年のベルリンの壁、ソビエト連邦の崩壊により東西冷戦は終わった。東側諸国の何億の人々が、なだれを打って自由経済市場に参入してきた。しかし、発展途上国で作られる製品は、その国の教育水準が高まらない限り、先進国には通用しない宿命がある。そして教育水準が上がるには数十年という時間がかかる。案の定、作られたのは粗悪品であった。ところがある時期を境に、品質がどんどん良くなっていく…。 そこには何があったのか?
・ドラッカー氏は、その秘密は第二次大戦の新兵教育の技法が、ここで活用されたことにあるという。エッ! それは忘れられたのではなかったか!? そう…。しかしドラッカー氏は2005年、96歳にして逝去され質問はできない。また氏の記述は、ドラマティックな証言にしては簡略に過ぎた。よって以下は財部の解説である。

・日本で大戦に動員された800万人の市民が、新兵教育の功罪を身をもって体験した。敗戦により彼等は職場に戻るが、軍隊と教育の全てを否定し忌まわしき記憶として葬った。しかし新兵教育の驚くべき効果は、形を変えて我が国の民間にも僅かに生き残った。なぜ? 何処に? 素人の、大量の人に、短期に、一定の技術を与えねばならぬ部門…、があった。すなわち大企業の製造現場の一隅に、教育技術は活用されていたのだ。
・この生き残った技法が再び脚光を浴びる日が来る。中国で世界で粗悪品が作られる中、あの技法が動員され、数億の人々に活用されていたのだ。そして思いもかけぬ奇蹟を起こした、…のを氏は読み取っていたのであろう。
・この70年にわたる壮絶なドラマを、ドラッカー氏はいかなる頭脳で掴んでいたのか。それにしても何という炯眼!!(この項続く)

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