第200回 『 糖尿病への玄関口 』
- 2006/05/30(火) 15:00:00
・日帰りの人間ドッグに、私は50歳のときに通い始めた。今70歳を目前にしているので、すでに20年の歳月が過ぎた。1年に2回という回数は比較的忠実に守っている。ドッグに通うことでの何よりの収穫は胃がんが早期に発見されたことであろう。平成8年夏、私は胃がんの全摘手術を受け、以後再発はない。
・20年のドッグ通いで良質な健康を維持できたかといえば、かなり疑わしいことに私は最近気が付いた。もともと血糖値が高く、中性脂肪も低くならない。私の体重は標準体重なので、担当医は散歩を薦め酒量をおとすように指導している。学校での速歩による散歩訓練の発案者の私は、この点は合格なので問題は酒だ。医者はビールなら1本、酒は銚子1、2本。水割りなら2杯と指示している。
【 腰まで水につかっています 】
・昨年の秋、人間ドックに行ったら担当医が休みで別の医師の指導を受けた。医師は私のデータを見て「これはほとんど糖尿病だ。ただ、ヘモグロビンの数値が高いので救われている。」 と言った。この言葉が妙に頭に残っていた。
・春、私はドッグに行き担当医のいつもの説明を聞いて、ほとんど糖尿病云々について質問した。「つまり私は糖尿病の玄関に立っているということでしょうか。」これが私の現状に対する認識であった。しかし医師は穏やかな口調で凄いことを言った。「首までスッポリはまっているわけではありませんが、中に入って間違いなく腰まで水につかっていますネ。」
・この言葉に私は衝撃を受けた。自分の健康について、私の認識は根本的に誤っていたのだ。玄関どころか扉を開けて中に入り、すでに腰まで水につかっている。しかも数値は少しずつ悪化していた。一方、会長に退いたとは言え私はトップの一人であり、経営の舵取りは私の任務である。「これから俺達は、一日でも長く生きることだよ。あなたも、…仕事に無理はしないように… 」 同僚経営者に私は常にこのように話し、一年前からローヤルゼリーや青汁など、サプリメントを6、7種類摂っていた。つまり私に自覚はあったが、現状を正確に知らなかったのだ。この結果20年間、私は問題を知らず解決できず、有効な対策を持たなかった。今思うと、偉そうなあの言葉を恥じている。
【 酒飲みは自分の酒量を知らない 】
・酒を控えなければならない。私がたくさん飲んでいるのは確かだが、その量がはっきりしない。とりあえず私は家で飲む時の酒量を次のように決めた。日本酒、グラス2杯。赤ワイン、グラス2杯。焼酎、カップ2杯の計6杯。医師の指導より2倍の量だが、できるところから試してみた。6杯とは日本酒なら3合弱ぐらいだろうか。かつては、4合ぐらいは飲んでいたらしい。…そして、日によって1、2杯増えることはあったが酒量は確実に減り、2日酔いも少なくなった。これは確かな改善であった。
・やむを得ない事だが酒飲みは自分の酒量を知らない。ところが偶然、私は自分の酒量を知ることが出来た。ある日、スナックに行ったら「先日どれだけ焼酎を飲んだか、覚えてますか」 と店の女性が聞いてきた。 「いや… 」 「先週は水割り7杯お飲みでした。」どうやら私が酒量を減らしていると聞いて、カウントしてくれたらしい。7杯…、私ははしごをするので、外出する日は外の14杯と家の6杯、合計20杯飲んでいる、…らしい。20杯となると日本酒7合はくだらない。私は週の半分は飲みに外出する。そこに大きな問題が隠れていた。ところで、この7合にはどういう意味があるか…。
・都知事の石原慎太郎氏は 「弟の裕次郎は日本酒なら4升飲んでいた。」 と語っている。歌手の美空ひばりはブランデーを一晩2本空けたと聞いている。そのせいか2人はともに若死にしている。私の記録は1升だから、裕次郎氏に比べれば可愛いものだが、1升飲んだという人に私は今まで1人しか会ってない。従って、1晩7合飲む日が1週間に3.5回あることは私の年齢ではただ事ではないはずだ。私は自らの飲酒の現状を50年目にしてようやく知ることが出来た。当然週3.5回の外出を1.5回に減らした。これは大きな改善であった。
第199回 『 決断の難しさ 』
- 2006/05/16(火) 15:00:00
・部門には日々問題が発生する。部門のリーダーの下には部下や他部門、お客様や業者から様々な問題が持ち込まれる。その数は一日20件前後、月に2〜3件は難しい問題が発生する。問題の対処には人の判断と決断を必要とする。問題を解決することはリーダーの大切な任務である。彼はこれらの問題を受け、「判断」し 「決断」 しなければならない。リーダーの判断力、決断力が低いと、部門にもたらすマイナスは大きい。
【 判断の壁 】
・判断とは正しいものを選ぶ事である。目の前に四つの分岐点があれば、どの道を進むのが正しいかを判断しなければならない。この為にはリーダーは必要なデータを集め、問題の原因を究明し、最良の解決策を得る等、一連の思考作業を行なう。ところが多くのリーダーにとって 「判断」 は厚い壁のようだ。事実、彼らは判断を苦手とし、よく誤る。私の印象では、二つの選択肢があって、一つを正解とするならば、なぜか8割のリーダーが誤った道をわざわざ選んでしまっている。判断を誤れば責任を問われる。従って、彼らの中には判断を避けて問題を放置するか、問題の対処を始めからトップや上級上司に丸投げする者もいる。
・そもそも判断、決断は経営者にとって主要なテーマの一つである。経営者が判断を誤れば、一発で会社を倒産させかねない。彼らは多くの経験と学習を重ねることによって判断のノーハウを習得し、判断力を磨いている。つまり、判断力は教育によって学び得るものである。正しいノーハウを覚え、正しい手順を踏んで取り組めば、誰でも良い判断を得られる。ここまで出来れば決断すること自体は簡単だ。我々は5年前、2泊3日「判断・決断そして問題解決学」コースを開発したが、内容の比重は 「判断」 が9に対し、 「決断」 は1であった。
【 決断の壁 】
・リーダーは問題を解決する対策を判断したら、次に決定をする。決定する前の手続きとして、部下や関係者の意見を聞く。ただし多数決に従うのではなく、あくまでリーダー自らの責任と権限で、自分の考えで決定する。判断には煩雑な作業と論理的な思考力を要するが、決断は対策を実行に移す意思決定をするだけである。ところがこの意思決定が出来ないリーダーが少なくないのである。彼らは何となく決定をためらい、ここでストップする。いらついたトップからは叱責を受け、部下からは催促と抗議を受ける。それでようやく決める。
・リーダーが自分の判断に自信が無ければ、なかなか決断できない理由も分かる。ところが不思議なことに、良い判断を持っているのに決められずにいる例も多いのである。何かを決定することは精神的に重い仕事である。リーダーにとって 「決断」 は 「判断」 に劣らず厚い壁となっている。
・先日、テレビであるスポーツジャーナリストが、サーカーのワールドカップに臨む日本代表チームの力を、次のように分析していた。「…日本の実力は世界の強豪と比べ、パス廻しは上手い。しかし得点力が低い。いつまでもパスを廻し続け、思い切ったシュートが放てない。パス廻しとは 『根回し』 であり、シュートとは 『決定』 である。つまり、根回しに時間をかけ、決定の先送りをする日本人の習性がそのまま出ている… 」 これは日本チームの特徴を浮き彫りにする穿った論理だと思った。事実、日本には中村俊輔選手や中田英寿選手のように、フィールドの中央でパスを自在に操る名ミッドフィルダーはいるが、攻撃的なドリブルで敵の厚い壁を突破して、ゴールシュートを放てる名フォワードはなかなか輩出しないようだ。
・この論理はそのまま我々ビジネスの世界にも当て嵌まる。日本人には何事も「話し合い」と「全会一致」を旨としてきた歴史的背景があり、日本人は「決断」という一人で行う孤独な作業が苦手である。
第198回 『 目標と失敗の関係 』 データの効能 3
- 2006/05/02(火) 15:00:00
・各企業において、個人の年間目標を設定する一般的な方法は「自己申告制」である。しかし、この制度にはいくつか欠陥があり、目標設定を誤り易い。
・第一に、人には個性があり、積極的な人間と慎重な人間とでは、申告する数字に大きな高低差が生じる。自己申告制は部員の意見を反映させるシステムなので、目標は自ずとバラバラになってしまう。第二に、部員の目標を作り、決めたのは部門長と部員のどちらなのかが不鮮明である。従って目標の責任の所在が曖昧になる。
・目標とは会社や部門が実現したい数字である。従って個人の目標を作り、決めるのはトップ及び部門長であり、責任でもある。 …以上が前号である。
【 目標はデータに基づく数式に従う 】
・私は個人目標の設定に 「自己申告制」 は使わない。研究を重ねればこの制度も有効であるかもしれないが、私には上記のような欠陥を解決する方策が思いつかない。
・平成15年8月 『目標コースが出来るまで』 で財部が述べたように、我々は部門別、個人別目標の設定方法で、過去5ヵ年のデータから自動的に公平な数値を導く方程式を発見した。方程式が数値を導くとは、誰が行っても結果に差は出ないということである。経営者や部門長は経験や勘で目標を決めるのではなく、あくまでデータに基づく数式に従って決める。目標に部下の意見は反映させない。反映させると数字の均衡が破れ、不公平になる。公平な目標を作る決め手は 「データ」 以外にはない。そのかわり、この数式と目標数値は全員に公表し、同意を得る。従って部門の目標を決める責任者は経営者であり、部員の目標は部門長の責任であることは明快である。
・この目標設定の方法の特長は、部員のモチベーションを高めるプラスよりも、不公平な目標でモチベーションを落とすマイナスを取り除いたことにある。我々は目標というものは絶対に不公平であってはならないと思う。不公平な目標は査定に使えない。部員は目標を信用しなくなり、やる気を無くす。
【 単純なデータが貴重な情報を教える 】
・我々は目標設定では部門別、個人別に過去5ヵ年のデータを使うが、商品別、客先別、経費の状況を掴む時には 「昨年比表」 を使う。昨年1年間の月別数値と今年の現在までの月別数値を並べ、さらに累計昨年比をその横に並べる。ただこれだけの単純なデータである。何だ、大した話しではないと思われるであろう。が、これらのデータから発見する問題は、重大なことがよくある。
・商品Aが前年度と比べ、売上が50%ダウンしていること。悪いと思っていた商品Bの売上が、いつの間にか下半期から前年度の売上を上回り始めたこと等、経営に欠かせない貴重な情報をこのような単純なデータが教えてくれる。
・単純といえば、部門別の15ヵ年表を作った。平成3年から17年までの1年毎の数字を部門別に並べただけのデータである。すると意外な実態が分かった。4年前から数字が伸びている好調なA部門がある。我々はこの部門は長年業績が比較的良いと思っていた。ところがA部門は、当社の業績が悪かった平成5年の数字と比べ、2年前の平成16年までは数字が下回っていた。逆に平成17年から数字を落としていた不調なB部門については、長年数字が物足りなく、悪いと我々は思っていた。ところがB部門は、平成5年の数字を昨年まで上回っていたのである。従ってA部門は、過去は悪く今年は良い。B部門は過去は良く今年は悪い。…が正しい評価であった。我々はデータの凄さ、奥深さを実感すると同時に、人間の記憶のいい加減さと、思い込みの恐ろしさを改めて痛感した。
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