第188回 『 生涯の財 』 7
- 2005/12/06(火) 15:00:00
・前号までに、今、学校は知識教育が中心だが、これが実社会で役に立たない。話す、話を聞く、本を読む、数字を応用する、文章を書く、このような能力こそ社会で役に立つのに学校では教えられない。理由は能力教育は多くの教師が苦手とし、知識教育なら何とかなると考えたらしい。
・知識教育はいつ、何故採用されたのか。それは明治初めの頃であり、当時、義務教育はわずか4年で、子供たちは社会に出たのだ。そこには知識教育しか道はなかったのだ。以来130年、高学歴化は進み、今や教育期間が14年と3.5倍に増えている。これだけの期間があれば能力教育でも何でも出来る。ところが学校はやり方を何も変えず、教える知識量を2倍3倍に増やし、高度化した…。
【 学習塾の戦い 】
・学校は今直ぐ知識教育主義を改めて、社会で役立つ能力教育に切り換えるべきである。たしかに能力教育は難しい。しかしやりようはある。どのようにやるかは、学習塾の例が参考になるであろう。
・昭和60年代、塾や予備校は競争が激化していた。塾は有名校の合格者数をアピールし、予備校には年収数千万を稼ぐスター先生が生まれた。平成の時代に入ると少子化の波が学習塾を襲う。
・塾生を失うも増やすも、塾教師次第である。公立校は知識教育なら何とかなると考えたが、教育の主導権は学校教師から塾教師に移っていった。一部の塾経営者は生き残りをかけ、教師の能力開発に取り組んでいった。具体的には学力を高め、教え方の巧拙を問うた。中には発声練習で声量を豊かにし、言語を明瞭にした。 …話す、表現する能力の土台となる能力教育であった。
・改善についていけない先生は脱落していった。20年を経た現在、「塾の先生は教え方が上手い、学校の先生は下手が定着した。今や学校の授業を信用しない親や子供が増えつつある。
【 塾教師に追いつめられた 】
・学校は、話す能力、聞く能力、書く能力、これ等は教師の生命線であるはずだ。これ等をまず自分が身につけ、子供達に教えるべきだ。2年ではできないが、10年あればできるはずだ。やれば20年後には話し方のレベルアップが浸透する。この間脱落する教師が出てもやむを得まい。塾と同じに生き残りをかけ新テーマに取り組むべきだ。能力教育への転換は簡単にはいかない。しかし話す能力の開発は教師のつとめである。
【 当社の基本能力への取り組み 】
・26年前、当社は管理者養成学校を設立し、研修をスタートさせた。対象となる管理者の教育とはいかにあるべきか、その枠組みを定めた。マネージメントの知識教育は主要なテーマだ。そして当然、能力教育を取り入れた。では管理者に必要な能力とは…?
・リーダーは無意識のうちに話す、聞く、読む、数字を使う、書くの5つの能力を使って管理行動を行っている。まさに社会に出て役に立つ能力と重なっている。学校が14年間、ついに無視してきたテーマである。従って多くの管理者がこれまで苦手としていた能力である。しかしこれが無くて、リーダーシップは存在しない。
・まず話す能力、リーダーシップの発揮に直結するこの能力、それが本当に開発できるであろうか? 僅か13日間という時間的制約の中で…。(この項、続く)
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