第176回 『 日勤教育 』

  • 2005/06/21(火) 15:00:00

【 福知山線脱線事故 】
・4月25日にJR西日本の福知山線で、死者107名という大規模な脱線事故が発生した。事故でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたします。
・この事故の直接的な原因はカーブ区間でのスピードの出し過ぎと見られている。なぜ、運転士はスピードを出し過ぎていたのか。それは、前の駅でオーバーランによる遅延が発生しており、それを取り戻そうとしていたようだ。
・オーバーランや遅延が発生した場合、同社には 「日勤教育」 と呼ばれる再教育制度があり、今回の運転士も以前に約2週間の日勤教育など、車掌時代を含め3回受けていた。これが運転士にプレッシャーになっていたと言われている。またこの日の度重なるダイヤの遅延に、若い運転士は精神的に追いつめられていたのかもしれない。
・事故により浮上した教育という言葉に、教育の専門職として原則的な発言を試みてみたい。

【 日勤教育とは 】
・日勤教育とは、何の略であろうか。それは早朝、深夜の特殊勤務者に対し、8時、5時の日常勤務への時間帯の変更を意味するのであろう。これにより特殊勤務社員の教育体制を整えることができる。オーバーランやこれによるダイヤの遅延を起こす者への再教育は、組織を健全に維持するうえで優れた制度である。JR西日本にはそれがあり、かつ熱心に行われていた。
・ただしこの制度が有効に機能していたかというと極めて疑わしい。むしろマイナスに働いていたように思える。ミスを犯した運転士などに対し、運転業務を離れ、机上研修を中心とした再教育である。主な内容としては…、
 イ.周囲から監視されながら反省文を書き続ける。
 ロ.日勤教育中は、会話は一切禁止。
 ハ.トイレに行くにも許可が必要。
 ニ.教育担当からは厳しい言葉で注意を受ける。
 ホ.同じミスをしたら運転士を辞めると誓約書を書かされることもある。
 ヘ.日勤教育期間中は列車に乗務しないため、乗務手当が支給されなくなる。
 ト.草むしりやペンキ塗りなどを行わされる事もあった。
・以上見るように、その内容はすべてではないが、やや過激である。特にイ、ロ、ハ、ニは…。 それは教育に名を借りた懲罰制度かもしれない。もちろんこの制度が懲罰を目的として作られたものではないが、運営の仕方によってはそのようになる。また、同社のトップたちはこの事に薄々気がついたであろう。気がついていながらその修正はしなかった。いや、できなかったであろう。

【 周囲の目が厳しくなる 】
・再教育制度が運営の仕方によってなぜ懲罰制度になるか。それをなぜ修正できないか。まず教育を受ける者は本来は運転により会社に貢献すべきであるのに一定期間、業務を免除されている。こういう人への周囲の目が厳しくなるのはやむを得ない。彼が周囲の者と冗談を言って笑っていれば教育中は私語は禁止となり、トイレに行ったついでに仲間の席に立ち寄って情報交換をしていれば、トイレは許可を得て行くことがマニュアルとなる。
・教育には本来、目的がある。日勤教育の目的は運転技術の向上にある。そして教育は目的によって手段が決まる。技術の向上には机上学習では効果がない。そもそも机上ではやる事がないのだ。
・次に教育にはしっかり練りあげられたカリキュラム (指導内容) が必要となる。心得のある教師が必要である。ところが同社にはその双方がなかったようだ。従って教育を担当させられた課長か係長には同情申し上げたい。何しろ一日8時間、やらせることが何もないのだ。かといって、遊ばせるわけにはいかないので知恵を絞って何かをやらせる。中身が空ッポだから、ついマニュアルに忠実になりすぎる。
・教育を受ける人にはとりわけ同情したい。これでは仲間と私語をしたくなり、トイレの帰りには情報交換だってしたくなろう。教える側も受ける側も、苦痛が多いのに技術が向上しないではまるで割に合わないのだ。

・日勤教育の懲罰制をやめさせ、教育効果を高めるにはどうすれば良いか。それには机上研修を廃止し実務研修にすること、経験ある運転士を専任の教師にする事だ。ローカルの研修路線でベテランによるチェックを受ければ、研修生の欠点は浮き彫りになろう。そして正しい技術の習得に取り組むだろう。もっともあの事故の原因は運転士の未熟さにあるのではなく、過密なダイヤに原因はあったのかもしれないが…。

第175回 『 指導者への道 』 11

  • 2005/06/07(火) 15:00:00

・業績不振の部門の立直し策でトップと管理者の意見が対立した場合、8:2又は7:3でトップが正しい事が多い…。 しかしこの数値は数年間の統計的な経験則によるもので、新たに発生した問題の優劣は5:5とすべきだろうと述べた。
・しかし結果として7:3になるならトップの意見を優先させれば、成功の確立も8勝2敗や7勝3敗となるはずだ。 …この論理は確かに説得力を持ち、また現実にこの論理がマネージメントの現場で採用されている。

【 実績は2勝8敗 】
・ではこれによってマネージメントの現場では、8勝2敗や7勝3敗の結果を得ているのだろうか。ところが不思議にも現実は逆であり、その実績は3勝7敗、2勝8敗もしくはそれ以上に悪い数字が多いのだ。これが部門の改善が進まない原因であり、多くのトップが苦い経験をされていると思う。
・では、一体このような事はなぜ起こるのか? ここには原因が主として二つ考えられる。一つは両者の対策がいずれも的はずれか有効性を持たないためで、8敗の半分はこれが原因であろう。両者の策のいずれかが、有効ということは難しく、これはやむを得ない事である。
・第二の原因はトップの考えを実行するのは管理者であり、彼には人間としての感情や、やる気といった心の問題がある。すでに述べたが、トップの意見を実行するには、彼は長年のやり方をやめねばならぬ。トップの策を実行すれば部下の反発の矢面に立たねばならず、管理者として辛い事が多いのだ。その上、管理者は自分の意見が正しいと思っている。その意見がなぜ劣るかをトップは説明できない。トップの策がなぜ正しいのかも…。 いや説明はなされても、それ等はいたずらに管理者の心を傷つけるだけで、およそ説得力を持たないのである。

【 実行しているふりをする 】
・こうして現場の管理者はトップの方針に対しやる気を失っている…。 現場を最も知っているだけに、トップの意見を信用しきれない。やむなく管理者は理由をつけてトップの意見を実行に移さないか、実行しているふりをしている。
・一方、トップの策に真面目に取り組んでいる管理者の数も少なくはない。しかし改善改革とはもともと困難なテーマである。特に不振からの脱出は…。従って単に真面目に取り組んでいるだけでは、改善改革はとうてい成功しないだろう。これを成功させるには、管理者とメンバー全員が本気になってテーマに取り組む必要がある。

【 全員を本気にさせる条件 】
・テーマに対し全員が本気になって取り組む、そのようなことは可能だろうか。もし可能としたら、そこにはどのような条件が必要となるか。条件は理論的には一つだけである。それには選ばれた策の正しさを、メンバー全員が心から納得できていれば良い。すると問題は二つの策の優劣の判定ができ、それを関係者全員に納得させる方法があるかである。
・このようなことは理論的にはあり得ても現実にはあり得ないというのが、ビジネスマンの常識である。しかしこの常識は誤りだ。つまり正しい判定法は存在するし、これを全員に納得させる方法はある。もしも無ければマネージメントは成立しない。
・このためにはまず二つの策の優劣を証明することができれば良い。策の正しさを証明する、それができるのは科学だけだ。また人々が信用し、納得するのも科学である。ではどういう科学を使うのか。意見が対立しているテーマに関し、できるだけ多くのデータを集める。たとえばその生産量を、販売量を。その月別の数値を、年別の数値を。次にこのデータを分析していく。 …するといずれの意見が正しいかその優劣が見えてくる。データが良いものでありさえすれば、データを見る者すべてを説得するであろう。

・優れたデータは二つの策の優劣を証明するだけではない。二つとも有効性を持たない策であれば、たちどころに見破ってしまうケースもある。また優れているとして採用された策も、データを取り続ければ数ヶ月でその策の無効性を証明してくれるだろう。こうして2勝8敗の成功率はしだいに8勝2敗へと変化するのだ。

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