第172回 『 指導者への道 』 8

  • 2005/04/19(火) 15:00:00

【 非を認めず強弁する者 】
・部門の業績は、これを預かる管理者に幸か不幸をもたらしている。業績が良いのか悪いのかをめぐって、トップと管理者は微妙な軋轢を重ねている。では、自部門の業績を管理者はどのように評価するだろうか、とりわけ業績が悪い場合…。
・悪くとも、いやそこそこに業績は上がっている、このように自らを評価する人が少なくないように私は思う。満足できなくも、非難されるほどではない。理由だってある…。不況の影響、価格競争など業績を悪くしている原因を並べたて、彼らは業績の悪さを認めない。非を認めず、悪いものを良いと強弁する者はどこにもいる。

【 業績不振にあえぐ会社 】
・トップにとって、この種の管理者の存在は厄介な問題となる。彼らの考えを変えさせるのは難しいであろう。なぜなら非を認めれば、自分に不利益が来る。意にそぐわないこともやらねばならない。彼らの考えを変えさせるか、それをしない者は管理職を更迭するしかトップには方法がない。
・利のために事実を曲げる主張をする者は、もともと管理者としての資格はないのだ。処置をしなければ会社はその部門を失わねばならない。そういう部門が増えれば会社自らが危うくなる。しかしトップは処置をせずに放置する例が多い。このため、業績不振にあえぐ会社が少なくない。これは管理者ではなく、トップのテーマである。

【 部門を良くするのは誰がやっても難しい 】
・業績が悪いなら、自部門をよろしくないと冷静に見る管理者もいる。その数は少なくない。謙虚な人も強情な人と同じくらいいるのである。ただし、謙虚なグループにも問題はある。この部門は誰がやっても良くならないと、彼らは心の底から思い込んでいる。いや、馬力があってパワーで部下を引っ張る特別のリーダーには業績向上は可能だろうと認めている。しかし普通のリーダーには無理だし、自分にはとてもあのようなパワーはない…。
・この考えに私は反対ではない。しかしこの考えによって、彼らは誤った選択をするであろう。彼らはリーダーの馬力において自分に問題があることは認めても、自分のやり方に問題があるのではないかとは考えていない。またそのように指摘されても多くの者は認めない…。自分のやり方は正しいと彼は思いこんでいる。このため今のやり方を変えようとする者は少ない。従って謙虚派も、部門の業績を決して良くできないのである。

【 このため、やり方を変えなさいというトップの提案は実行されない 】
・トップは部門を厳しい目で評価し、やり方を変えるようにと管理者に提案をする。しかし現状ではトップの提案は実行されないケースが多い。長年のやり方をやめるのは辛い。新しいやり方に変えることは更に辛い。何故か。自分のやり方を過信して、また、自己否定されたように感じてトップの提案を受け入れられない人がいる。自分が第一人者になりたくない、失敗した時に責任追及されたくない。そして前例が無い未知の方法は結果を想像することができない為、新方式を受け入れてもこれに力が入らない。

【 やり方を変えれば部門はドンドン良くなるものだ 】
・部門を良くするのは、リーダーの馬力だけではない。メンバーが間違ったやり方をやっていたり、ばらばらのやり方では成果は出ない。業績が悪いとしたら原因はやり方にあり、悪いやり方を良いものに変えれば結果は必ず変わるのだ。たとえば足りない所を補う。組み合わせを矯正する、新しいやり方を取り入れる。的を絞り徹底する…。やり方を変えれば部門はドンドン良くなるものだ。
・業績不振は自分の方針に欠陥があるのではないかと、常に謙虚であることだ。リーダーに大切なことは正しい方向の発見に腐心すること、バラバラを許さずメンバーの力を結集することだ。正しい方向に力を結集すれば成果は出る。そして少し馬力に欠けていても、リーダーが努力を継続するなら実績は必ず良くなるだろう。そういう経験を二つ三つと重ねるなら、一年にして部門もリーダーも変わるだろう。(この項、続く)

第171回 『 指導者への道 』 7

  • 2005/04/05(火) 15:00:00

・管理者に必要とされる数多い能力… これらは学習と経験によって掴み取っていくしかない、と前号で述べた。それは3年、4年の作業ではなく、生涯をかける作業となろう。人より高い給与を受け、権限を持つ者の当然の義務でもある。

【 リーダーとして通用していない 】
・その管理者の皆さんの学習の現状はどうか… だ。皆さんは日々たゆまず学習を続けていられるか…。 そのような管理者も中にはいる。しかしその数は少なく、大多数の方々は学習をしていないかその量が少なすぎる。
・彼らが学習をしないのは何故か。忙しくて時間がない、学習の方法が分からないからか。理由はいくつもありそうだ。どなたも部長・課長としてのプライドは高い。このため自分は優れた管理者だと思っている人もいる。少なくとも、人並みに管理職をこなしていると誰もが思っている。一番の問題は、自分には学習が必要であると管理者が感じていないことにある。管理者としての能力に欠点があり、リーダーとして通用していないことに本人が気が付いていないためである。

【 部下を育成できる管理者は少ない 】
・では、具体的に管理者はどの様な欠点、マイナスを抱えているか。例えば、部門に転がる問題をほとんど解決できない管理者がいる。問題があることにすら気がつかず、放置している者もいる。また解決の策を誤り、かえって問題を大きくしてしまう人もいる。
・部下とコミュニケーションが取れない人。仕事の与え方が下手で、部下のやる気を削いでいる人。またキチンと部下を誉められない人。部下の反発を恐れ注意できない人もいる。部下を育成できる管理者となると、その数はまことに少ない。
・また、目標を達成できない業績不振の管理者もいる。既に目標の数字を忘れてしまっている人。この他にも、管理者に必要な責任感に欠ける人、意思決定ができない人、行動力のない人等、欠点も多種多様である。

【 ひややかな目 】
・これらの欠点やマイナスは、トップや部下の目にはどの様に映っているか。彼らはシビアな目を向けている。トップであれば部門の業績を悪化させるリーダーに苛立っている。彼は何度か叱るが、彼らの態度は改まらない。部下からは管理者の姿は実に良く見える。先に述べた管理者の欠点はすべて丸見えになる。故にしっかりした部下は 「こんな人の指揮には従えない」 と反発している。管理者としての立場は危機的状況である。

・こういう気配を管理者だって薄々感じている。そこで彼らの対策はトップには辞を低くイエスマンに徹し、部下とは衝突を避け妥協を常とする。

【 トップの責任 】
・このような事態はどうすれば解決できるか。トップは自分が任命した管理者が不適任と分かったら責任上、自ら解任すべきではないか。それはそうだ。ただし現実にはこのような解決策は難しいだろう。なぜなら社内で問題のある管理者は一人や二人ではないからだ。彼がもし問題のある者を解任しようと思ったら、社内の半数以上、もしかしたら大多数の管理者を失わねばならない。このようなことは誰にもとうてい為し得ないだろう。
・日本の企業における管理者の問題は、以上のように深刻である。原因は管理者がリーダーシップの故に選ばれるのでなく、農耕民族、ムラ社会の伝統に従って年功序列で選ばれる為だ。トップはリーダーシップを持つ者を求めているが、合憎多くの社員はその持ち合わせが乏しい。何故持ち合わせが乏しいかというと、リーダーシップを磨こうという習慣が日本にはほとんどないからである。(この項、続く)

 にほんブログ村 経営ブログへ