第146回 『 バブル崩壊と12年不況 』 18
- 2004/06/29(火) 15:30:00
【 企業戦士育成の苦行 】
・営業マンは会社を代表して第一線に立ち、ライバル会社と戦う戦士である。営業部長、課長たちは、会社の戦力となる部下を育成する任務をトップから与えられている。営業部門は新人を一人前に育成するのが難しい分野である。仕事の難しさ、お客をつくる難しさ、競争の厳しさ…。入社してきた営業マンは5年後に10%しか定着できない。
・会社の中で営業は不毛の部門であり、特殊な部門である。その特殊性は今に始まった事ではなく、数十ヵ年、変ることなく続いている。以上のような苦しい背景を背負って、営業管理者は人一倍苦労の多い仕事を続けてきている。
・しかし、視点を変えて問題を考えると、それは営業マネージャー達が部下を育てる力を持たないことを示しているとも言える。いや、部下をどの様に育成するか、具体的方法論を持っていなかったのかも…。 創業以来1997年までの30年間、営業を担当していなかったので、以上は私の想像である。
【 転機を迎え、私が建てた3つの柱 】
・当社で営業部門を見ることになり、私も当然この問題に直面した。当社に営業マネージャーは12人いたが、新人の育成に手腕を示したリーダーは1人もいなかった。 新人を育成できなくては、部門長としては半人前である。 所が困ったことに、大きな部門ほど長年培った良きユーザーに恵まれ、有能なベテランに恵まれている。従って大きな部門の管理者ほど恵まれた環境というぬるま湯にドップリ浸り、自分の管理上の欠陥を自覚しにくい状況にあった。
・私の改革は3つの柱によって進められた。実績の裏付けを持たないため、改革は用心深く進められた。 まず、部門長のポジション変更から始まった。 次に業績が不振の部門に的を絞り、私は結果管理から経過管理への切り換えを進めた。 これが改革の第一の柱である。
・私の指導に部門長たちは反対や反発を表わさなかったが、積極的には行動に移さなかった。彼らが経過管理をやらない理由は、部下との対立を恐れるからである。営業行動に細かく口を出すより、好きにさせる放任主義が新人に歓迎された。営業活動を電話アポと商品説明にしぼる事は部下とのトラブルを招く。それだけではない。これを行うにはリーダーの指導力と、自分はこれによって新人を育てるのだという信念を必要とした。部門長たちはこのリーダーシップを身に付けていない人たちだった。こうして私はこれをしない部門長を交替させた。
【 データ主義のマネージメントは多くのものをもたらした 】
・第二の柱として、徹底的なデータ管理を行った。 営業部門には使われることのない数字が山積みされていた。この数字を様々なデータやリストの形に変え、数値の分析を行った。すると、部門の現状がドンドン見えてきて、何を改善すべきかが明らかになった。こうしてデータによる管理が一気に進み部門の改善に役立った。 データ主義のマネージメントは多くのものをもたらした。
・改革の第三の柱は営業部門のマネージメントに対する私の理解が急速に進んだことである。目標とは何年もかけて取組んでようやく使いこなす事ができるようになった。新規売上を重視するあまり、ユーザー売上をどうするのかと聞かれ、目を覚ましたこともあった…。
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