第128回 『 バブル崩壊と12年不況 』

  • 2004/02/17(火) 15:00:00

・企業には会社を支える主力製品の商品群があり、その製造販売、扱いは量多く安定し、かつ、収益を支えている。主力製品群のかたわらには副の製品群がある。その売上は低いが、新製品など一部顧客の好みに応え、いつか主力製品に育つかもしれない。ただし採算に合わなければ生産中止になる。夢もあるが、赤字もあるというわけだ。
・平成3年のバブルの崩壊と不況の12年間は、多くの企業に試練を強いた。当社の場合、副製品の扱いをいくつも廃止した。中には夢のある事業をつぶした。「富士山少年冒険学校」「一生懸命塾」 など…。 決断がつかず、赤字部門を温存すれば経営体質を弱くする。一度廃止すれば製造販売に関するノーハウが失われ、再開は簡単にはできなくなる。だから判断は微妙だ。

【 新しい販売方法を考案した 】
・かつて主力商品であったが縮小している商品があった。新製品を投入したが、市場の反応は鈍く、営業も活性化しなかった。こういう事業部門の建て直しは気が重い。かといって、トップが先頭に立たなくてはもう誰にも救えない。4年前から再建に本格的に取り組んだ。色々な対策を試みるが、びくともしない。それでも試行錯誤のすえ、新しい販売方法が煮詰まった。
・以来3年間、私はこの方式をねばり強く指導した。営業や部門長は、自分たちのやり方を頑固に変えようとしない。貧弱な数字しかあげてないやり方が、突如効果をあげるはずもないのに。しかし、この事業部門の売上は減少を続けた。
・新方法の指導は3年続いたが、続けることが重荷となった。投げ出したい…。しかし私は営業社員の努力の不足とそのデータを公開し、毎週のように激を飛ばした。動きの悪い部門長には電話でプレッシャーを掛けた。 …交替もした。

・こうしてようやく数字が変わり始めた。それはある月突然やって来て、全部門に広がった。数字は上向き、再建を果たした。正しい方法を『考え出し…』間違った方法を『やめさせ…』正しい方法を『行わせる…』なら、昔も今も、バブル前もバブル後も改革、改善は成る。 …と知った。

【 戦後50年の蓄積を根こそぎ持っていかれた 】
・バブル崩壊と12年不況は打撃が強過ぎ、後遺症が長く続いた。大企業も中小企業も戦後50年、30年の蓄積を根こそぎ持っていかれた。経験したことのないことに加え、備えがなかった。多くの企業は油断していた上に、隙だらけであったと思う。私もトップとして未熟であり、これが傷を大きくした。ネズミ講の仕掛けにはまる人を嗤っていながら、数十倍の仕掛けに見事にはまった。
・あのバブルに対し、そろそろ総括をしておくべきだ。たとえば当時の当社には、何が欠けていたか…。原因は色々あるが、一口で言えば会社がどんな状況にあるか、よくつかんでいなかった。「彼を知らず己を知らざれば、戦うごとに必ずあやうし。」2600年前の中国の兵法家、孫子の兵法が教える通りだ。当社にもある程度のデータはあったが、どのようにつないでも自社の姿が浮かばない。これでは荒海は乗り切れない。
・12年不況は、否応なくビジネスマンの経営姿勢を鍛えてくれる。当社も学んだ。己を知るべく、孫子が教える情報と分析は具体的で多岐に及ぶ。我々は多様なデータを丹念に積上げて、己・会社の姿が浮かびあがった。次にその動きを刻々と知るデータを作った。そのノーハウはセミナーコース、「データ分析『35例』数値管理」に結実した。

・孫子の教えは更に 「彼を知らずして己を知れば一勝一負す」 とある。すなわち戦う敵の情勢を知らず、己の戦力の長所、欠点を十分に心得て戦うなら勝敗は一勝一敗す、と明快である。己を知ることで当社は全敗体勢から一勝一敗体勢へ前進した。

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