第123回 『 匿名の葉書 』 6

  • 2004/01/13(火) 15:00:00

【 私と講師団はバトルをくり返した 】
・トップが執筆するコースに講師が反発することは、日本人講師にもある。基礎コース25年の歴史の中で、講師が私の指導に忠実だったのは最初の5年だけ、以降、私と講師団(5、60人)はバトルをくり返した。原因は20年前、新入りの個性派講師たちに、正統な指導技術がかきまわされてしまったことにあった。
・肝心な時、私は仕事に追われていた。暇を見つけて学校に駆けつけて矯正に当たったが、焼け石に水であった。間違ったリーディングは指導の要の手を抜くものであり、訓練生に無用の努力を強いる…。 これが講師全員に伝播し、かつて正しい指導をしていた者まで横着なやり方に染まっていた。

【 表現方法は創作者の権利なのだ 】
・訓練生に10年も教えている50人の講師たちが誤りで、東京で原稿を埋める財部がなぜ正しいのか。これが彼らの言い分だが、私が正しいのは当然である。映画の脚本でも音楽でも、その表現方法はすべて創作者の権利なのである。このためシナリオにはト書きが、音楽の楽譜には細かな指示が随所にビッシリついている。学校の諸コースは、内容と指導方式と実技指導がすべてセットとなっている。そして、他ならぬ私が3点セットを創作した。これを否定する人は俳優でも音楽家でも当校の講師でもない。
・まさに悪貨は良貨を駆逐する。それが学校の主力部門で起こりながら、私は新コースの開発やマーケティングに追われた。こうなると、社長の手でもどうにもならない。私は諦めずに中世の十字軍の如く、私の代理を度々学校に派遣して聖地の奪回を図ったが、1対50では勝負にならず敗北をくり返した。こうして社長と主力部門との確執は20年続いた。それは昨年ようやく解決を見た…。

【 とうてい手も足も出ないらしい 】
・外国人講師とのトラブルが簡単に解決したのは、金の力もあったがトラブルの性格にあった。私は新しい内容をコースに入れることを求めたもので、彼らの指導が誤りだから直すように求めたのでない。この問題があっさり解決したのは、これが原因であろう。彼らの身についた指導技術を変えよといったら、むつかしい問題になったかも…。
・すでに身についた技術 『オレのやり方』 を変えようという試みは、人々には許し難いことと映り、反発が起こるらしい。もしもこれを強要すると、思いがけない反発を招きかねない。それを強行突破を試みるなら、たとえば管理者養成学校の地獄の訓練の開発者で、創業者社長という程度の権威では手も足も出ない…。

・会社の中には問題がたくさんある。そこには多様な作業方式があり、やり方を変えれば品質、コスト、納期の数値が変化する。ここでは新しいやり方が模索され、効果的な方法を求めている。そしてある日、新方式で作業を統一しようということになる。改革、改善である。それをメンバーに伝え、彼らの方式を変える必要がある。この改善が成功するか否かは、彼らが身につけ習慣となっているやり方を、否定するか否か、全面否定か一部否定かである。上司の指示に従順な日本人だが 『あなたのやり方』 変えなさいと言われると、反発する。時に蜂の巣に手を突っ込んだような騒ぎになる。原因は長い時間をかけて身についた習慣は、これを変えることはたやすくないのである。従って社内の改善はたやすくは成功しない…。(この項、続く)

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