第115回 『地獄の訓練が出来るまで』 10

  • 2003/11/11(火) 15:00:00

・たとえばトヨペット・クラウンが昭和30年に登場したが、クラウンができるまでを記述するトヨタマンは、期限をいつまでとするであろうか。まさか車が完成した日まででは、いかにも読者に不親切であろう。発売一年後か10年後か、20年後か。トヨタマンは当然20年後またはそれ以上を望むであろうし、地獄について私も同じ気分にある。クラウンについて、トヨタマンは語るべき事が沢山あるからだ。 …私も、学校もだ。
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いつも財部さんの苦闘記をお送り頂きありがとうございます。読
んでいて、訓練生であった頃を思い出し、そういう意図があった
のかと奇術の種明かしを見る思いです。
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・この項はすでに10回を数えた。当校・13日間合宿訓練の昭和62年卒業生 森永健二氏よりメールを頂いた。メルマガ受信者のうち半数の方は卒業生ではないと思いますが、すでに退屈されている方も多いと思う。一体いつまでこのテーマを書けばいいか、回を重ねるごとに迷っている。ただし、ここには考える作業の生きた事例がたくさんある。

【 ブームは意外に長期間、続いた 】
・地獄の訓練は昭和55年、突如ブームとなった。ブームは2、3年で終わるかと思っていたが、マスコミの取材は意外に長期間、続いた。実に10年間も…。お陰で学校には営業努力なしで、訓練生の増加が続いた。この事は教官の採用と養成。新訓練コースの開発。訓練施設の建設という難問を抱える学校には幸せであった。
・流石にブームは去った。マスコミ、特にテレビの取材がこの10年、めっきり減った。当然、人々は学校の存在を忘れた。…地獄は死んだ。それがまだ生きている。 「えっ、地獄の訓練はまだ続いているのか」 この感想は一般のビジネスマンだけでない。学校に訓練生を派遣された経営者も、あるいは卒業生本人にも驚かれる方がいる。ブームが去れば、多くの商品は消えていく運命にあり、学校も消えたと考えるのが常識であろう。
・ブームが去った後も学校は生き残った。この期間にはバブルの崩壊があり、デフレ不況が続いた。銀行の不良債権処理は進まず、すべてが先送りされる失われた10年であった。生き残りの現状は、11月1日コースには103人入校されている。 それは昭和55年11月1日の訓練生141人の数値に近い。

【 学校が生き残った理由 】
・学校はなぜ生き残ったのか。それは我々の訓練がそれなりの価値があったからだと思う。しかし主要な理由は24年間、訓練の品質を改善してきたからだ。これはトヨタマンが、自らのクラウンにも言いたいことであろう。
・その良い例に、当校の訓練に行動力基本動作10ヵ条がある。行動的ビジネスマンに共通する基本動作があるとすれば、それはどのようなものか。その10ヵ条を議論する。訓練生の合意を得た10ヵ条が卒業後のビジネス人生で役に立つとしたら…。これには、10ヵ条すべてを暗記して頂くしかない。それをしよう。

・第一条は次のようなものだ。「第一条 ぐずぐずと始めるな、時間厳守。行動5分前には所定の場所で、仕事の準備と心の準備を整えて待機せよ。」一条だけで字数は51字。 10ヵ条全体では603字になる。
・この暗記の合格基準は、100点満点の90点以上であること。一文字間違うごとに1点ずつ減点。2分以内で10ヵ条全てを言い終えなければならない。
・ところで訓練生たちは13日間のどこで合格するか。たとえば半数の訓練生が合格するのは何日目頃か。たとえば20年前、半数が合格するのは10日目ぐらいだっただろうか。暗記には大半の訓練生が泣かされていた。10年前には、半数の訓練生は8日目には合格していた。技術の進歩だ。ところで現在は、10月16日コースでは、50%の訓練生が合格したのはなんと4日目であった。11月1日コースでは5日目である。教育技術は日進月歩である(当校では)。 しかも、ここにはもう一つ重要な要素があった…。(この項、続く)

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